徳勝龍 涙の初優勝 幕尻20年ぶり下克上「もうじゃなくて、まだ33歳と思って頑張ります」

[ 2020年1月27日 05:30 ]

大相撲初場所千秋楽   徳勝龍 初優勝 ( 2020年1月26日    両国国技館 )

貴景勝を破り優勝を決めた徳勝龍(左)は号泣し、しばらくその場を動けなかった(撮影・西海健太郎)
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 西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬部屋)が鎮魂の初優勝を果たした。負ければ優勝決定戦にもつれ込む状況の結びで大関・貴景勝を寄り切って14勝1敗。18日に急逝した近大相撲部の伊東勝人監督と、15年に他界した北の湖親方(元横綱)へ吉報を届けた。幕尻Vは00年春場所の貴闘力以来20年ぶり2度目。33歳5カ月での初優勝は、年6場所となった1958年以降で3番目の年長、日本出身力士では最年長記録となった。

 あっという間に涙腺が決壊した。左四つ、右上手をつかんで必死に前に出る徳勝龍が、最後は体を預けるように大関を寄り切った。「いろいろな思いが…。うれしいのもあるし、15日間苦しかったのかもしれない」。起き上がると顔はぐしゃぐしゃ。東支度部屋の一番奥、優勝者の指定席へ腰を据え「伊東監督が見てくれていたというか、一緒に土俵で戦ってくれたと思う」。花道で落ち着いたはずの感情が再び高ぶり、はなをすすり上げた。

 鎮魂の思いを胸に戦い抜いた。近大相撲部の伊東勝人監督が18日未明に55歳の若さで急逝。17日の初場所6日目を観戦後に不調を訴え、搬送先の病院で息を引き取った。

 明徳義塾高(高知)で目立つ成績を残せなかった徳勝龍は、同監督に声を掛けられて近大へ。西日本学生選手権など計5タイトルを獲得するほど力を蓄えた。「大学に入っていなければプロに行っていない」。場所中のため葬儀には駆けつけられず花を供えた。「自分には相撲しかない」。活躍が一番の供養と肝に銘じた。しかし関取の49場所のうち約半分の24場所は十両で、三役、三賞受賞は一度もない苦労人。優勝争いに名を連ね、日増しに上昇する注目度に戸惑うのは当然だった。「弱気になるたびに監督の顔を思い浮かべた」。10日目の千代丸戦から逆転の突き落とし5連発など神がかり的に連勝を伸ばした。

 千秋楽の結びで大関撃破につながったのは左四つ。これを覚える契機は15年に他界した北の湖親方(元横綱)だ。維持員席に関する不祥事で10年6月に木瀬部屋が閉鎖され、力士らは同じ出羽海一門の北の湖部屋へ転籍した。幕下上位で足踏みしていた徳勝龍はちゃんこの席で唐突に「(自分では)押し相撲だと思っているだろうけど、おまえは左四つだ」と指導された。全く予想外の言葉に「衝撃を受けた」ものの優勝24回、一時代を築いた大横綱を信じて、その得意な形に取り組んだ。

 アマ時代は突き押し、プロで左四つを覚え、離れても組んでも対応できる自在性が身についた。既に天国へ旅立った2人に導かれた初優勝。「もう33歳じゃなくて、まだ33歳と思って頑張ります」。この日の喜びだけで大団円にはしない。何度でも恩師に吉報を届ける。 (原口 公博)

 ◆徳勝龍 優勝アラカルト
 ▽奈良県出身 1922年春場所の鶴ケ浜以来、98年ぶり2度目。最多は北海道の120度。
 ▽木瀬部屋 初めて。部屋別最多は九重部屋の52度。
 ▽平幕優勝 昨年夏場所の朝乃山以来31度目。三役経験がない平幕制覇も朝乃山以来で10人目。三役経験、三賞受賞なしの優勝は1961年夏場所の佐田の山以来、59年ぶり。
 ▽幕尻優勝 2000年春場所の貴闘力以来、20年ぶり2人目。上から数えて42番目の地位での優勝は15日制が定着した49年夏場所以降では最大の下克上。
 ▽再入幕 幕内に復帰した場所での優勝は初。前の場所が十両だった力士の優勝は1914年夏場所で新入幕だった両国以来、106年ぶり。
 ▽学生出身 山錦、輪島、朝潮、出島、武双山、琴光喜、御嶽海、朝乃山に続き9人目の制覇。近大出身では朝潮、朝乃山に次いで3人目。

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