今季で退任、関学大アメフット部・鳥内監督 常勝軍団を築いた名指揮官が語る「過去・現在・未来」

[ 2019年8月29日 05:00 ]

インタビューを受け、思いを語った関学大・鳥内監督(撮影・平嶋 理子)
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 関西学生アメリカンフットボール1部リーグは30日、開幕する。12回の学生日本一に導き、昨年の「日大タックル騒動」では、前面に立ち、部員、そして競技を守った関学大アメリカンフットボール部の鳥内秀晃監督(60)は28年目の今季限りで退任。強烈なカリスマと歯に衣(きぬ)着せぬ発言で知られる個性派指揮官は、いかに常勝軍団を作り上げたか――。過去、現在、未来を唯一無二の「鳥内節」で語る。

 「特別な1年」と位置づけるのは、間違いなく周囲だけだ。監督生活28年目のラストシーズン。鳥内監督は例年と同じスタンスで、秋を迎えようとしている。

 ――いよいよラストイヤーです。
 「もう、ええよ」

 ――監督を男に、という空気は。
 「ないない。別にそんなんいらんもん。自分らが勝つ言うてるねんから、そのためにやったらええやん」

 ――今年で28年目。振り返ると。
 「長いといえば長いわな。済んだらあっという間やけど」

 ――就任時の理想の監督像とは。
 「ないよ、そんなん。学生を勝たすためにやってんねん。どんな監督になりたい、とか、あらへんよ」

 ――若い時と指導法の変化は。
 「昔は上から目線でやってしもてたからな。だんだん、これではあかんと、分かってくるねん。監督になって、なかなかうまいこといかん時期があって。結局、4年生をコーチ役に仕込んでいかなあかん、と。それで(4年生の)個人面談を始めたんや」

 ――95、96年辺りですね。
 「どうやってチームを作るねん。何やりたいねん。チームにどう貢献できるねん、と。今でいうコーチングやわな。オレの方が先にやってるねん。オレ、絶対に答えを言わへんもん。学生に気づかすだけや。そうやって、1カ月後、2カ月後、どう変わっていくか」

 ――なるほど。
 「自分で考えてやるからおもろいねん、スポーツは。(学生に)考えさせてやらなあかん。自分で考えるのが一番大事。そういう経験が社会で役に立つようになる。今の若い子は学校でちゃんと教育されてへんからな」

 ――と言いますと。
 「教員免許を取った20年前に教育実習へ行ったんやけど、今の先生は、教科を教えたり、担任を持ったりで、忙しすぎて、人間教育でけへんねん。そうなると、人間を教える場は、課外活動しかないわな」

 ――昨年の日大タックル騒動について。
 「あんなチームがまだ日本にいっぱいあるの、というのが分かったのがショックやった。けど、あれはフットボールちゃうで。ボウリングで投げ終わった人に後ろからボウリングをぶつけるようなもんやん。フットボールが危ないとか、そういう問題ちゃうねん」

 ――体罰なども大きな問題になりました。
 「スポーツってのはおもろいもんやで。何で、しばかれながら、やらなあかんの。話して分からんヤツはな、しばいても分からへんで。分かるようにしゃべったらええねん。そうやって、(体罰で)考えへん人間作ってるねん。そんなヤツ、社会出ても、役にたたへん」

 ――関学大とは全く違う、と。
 「うちのチームは大昔からいろんな意見を言えるねん。(下級生が)こういう風にやった方が…と言っても、怒られへんねん。みんなで意見出して、一番ええやり方でやってるから、うちは強いねん。75年間、ずっとトップでいられるねん」

 ――退任後のプランは。
 「ないない。今はない。休憩」

 ――アメフット界の今後に期待することは。
 「知らん。大学生はちゃんと勉強してくれ、と。プロみたいにやったら、あかん。その先の人生の方が長いねんから」

 ――それが監督の“ラストメッセージ”ですね。
 「そんなん、やめてくれよ。まだ死ねへんし」

 競技を代表する名物監督は、言葉の力で「強い青」を築いてきた。ラストイヤーにどんな戦いを見せ、コメントを残すのか。興味は尽きない。

 ◆鳥内 秀晃(とりうち・ひであき)1958年(昭33)11月26日生まれ、大阪府出身の60歳。大阪・摂津高時代はサッカー部に所属。元関学大監督の父・昭人氏の影響で関学大入学後にアメフトを始める。DB、キッカー、パンターなどで活躍した大学時代、甲子園ボウルで日大に4連敗したことが理由で指導者になることを決意。4年間の米国コーチ留学を経て、86年に帰国しコーチ就任。92年から監督を務める。甲子園ボウル優勝12回、ライスボウル優勝1回。家族は夫人と3男。

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