上野由岐子 他力信じて“自己中”宣言!19年目シーズン控えた絶対エースの現在地

[ 2019年4月10日 10:00 ]

2020 THE PERSON キーパーソンに聞く

桜の木の下でシャドーピッチングをする上野由岐子(撮影・小海途 良幹)
Photo By スポニチ

 ソフトボール女子日本代表の上野由岐子投手(36=ビックカメラ高崎)の19年目のシーズンが始まる。13日に日本リーグ(スポニチ後援)が開幕。前年優勝のトヨタ自動車戦(名古屋市・パロマ瑞穂野球場)でスタートする2019年は「個人成績度外視」、「ワガママ調整」など驚きのテーマを掲げた。数々のタイトルを手にしてきた大エースの真意とは?投球哲学とは?2024年パリ五輪の追加種目から落選した心境とともに、本音に迫った。

 ビックカメラ高崎の上野は、19年目のシーズンを大胆な気持ちで迎えようとしている。

 「個人的にはあまり結果を求めてない。打たれてもいいから、試したいことがある。調整方法とか今までやっていないことをやって、使える、使えないの判断材料をつくりたい」
 チームの勝利のために全力を尽くすという大前提は変わらない。その一方で、東京五輪での金メダルを見据えるからこそ、個人成績へのこだわりは薄い。

 「ウチには浜村(ゆかり)、勝股(美咲)という日本代表投手がいる。経験を積んでもらいたい。投手は打たれないと分からない。打たれる時は、必ず原因がある。打たれないと、我妻(悠香、捕手)も賢くならない。日本の弱点は今、キャッチャーなんです」

 4年に1度の祭典で力を発揮するために何が必要か。過去2回の経験で学んだ。

 「経験を積まないと五輪に行っても何もできない。自分がそれを一番分かっている。我妻には早急にうまくなってもらわないといけない。そのために、彼女の失敗を増やさないといけない。オリンピックは失敗が許されない大会なので。今年のリーグ戦でどれだけ失敗できるかが五輪での引き出しになる」

 女房役を実戦で教育する傍ら、練習はいい意味で“自己チュー”になる考えだ。

 「五輪の時は、周りにわがままと言われてもいいから、納得のいく準備をしたい。後悔のない準備をして臨みたいと思っている。やりたい練習をやらせてもらえる環境をつくらないといけない。(日本代表の宇津木麗華)監督は理解してくれている。ベストコンディションを保つために、わがままを言う。その代わり、結果を出す」

 08年北京五輪は、2日間で行われた準決勝、決勝進出決定戦、決勝の3試合を、1人で投げ抜いて金メダルをつかんだ。今、36歳。「上野の413球」と称えられた11年前と同じ体ではない。

 「昔は練習をしただけうまくなったけど、今は練習をしたらしただけパフォーマンスが落ちる。ある程度、ペース配分をしないとベストパフォーマンスに持ってこられない」
 だからこそ、投手層の厚み、バッテリー間のレベルアップが不可欠だと、訴える。

 「あのときのような力投ができるのか、現実を見て判断しないといけない。前回は、自分が全て背負ってやり抜くみたいな感じだったけど、今回はいかに周りの力を使って勝てるかどうかが大事になってくる。頭のいい戦い方をしたい」

 東京五輪への道のりは、年齢を重ねたことに加えて故障もあった。16年に、左膝が我慢の限界に達した。じん帯周辺の軟骨の骨挫傷だった。休養とトレーニングで危機を乗り切ったが、「治らなければ引退」と覚悟した深刻さだった。
 故障を経て、17年から新しいフォームへ。「痛くない投げ方を見つけた。痛みなくいいボールがいく」。その年、13勝無敗。19年も明るい兆しがある。

 「今、膝の状態が良すぎてピッチングが逆にしっくりこない。力を出し過ぎちゃって、バラついている感がある。もしかしたら、新しい何かに進化しようとしている段階なのかもしれない」  08年に比べると、体だけでなく、考え方も変わった。以前は、メディアが苦手だった。

 「注目されるのが凄く嫌で、お願いだからほっといてって思っていた。昔は練習をしてないと不安で。取材を受けている時間にみんなが練習していると思うと、自分だけ置いていかれるような気持ちになって、取材が本当に嫌だった」

 前述の通り、年齢とともに、練習量イコール競技力の向上ではなくなった。「昔ほど練習時間が長くなくてよくなった」という結果、「やるべきことさえやれば、ほか(取材など)の時間に費やせるように配分を考えられるようになった」と、メリハリも覚えた。  その一方で、変わらない感覚がある。

 「全力とベストって違うんですよ。113キロより110キロの方が打たれなかったので、あえてそのスピードで投げていた時もある。全力が全てではない。結果が全て。10割か、8割か、4割か。ベストを出すための最適な出力を、自分で探さないといけない」

 理想の投球がある。奪三振で次々アウトを取る剛速球投手だが、実は「三振って3球もかかるんですよ」と、執着していない。

 「1イニングを3球で終われればうれしい。でも、無理。以前、2球で2死を取った後、次の打者にど真ん中を投げたけど(3者連続の初球アウトを避けるために)見逃されて。振ったらホームランていうぐらい甘いボール。リスクを背負ってど真ん中に投げたのに…」

 北京五輪は、大会を迎える前に次の五輪で種目から外れることが決まっていた。今回も同じ状況。東京の次のパリ五輪に「ソフトボール」の名前はない。

 「その次は米国(28年ロサンゼルス五輪)に戻るので、そこに期待するしかない。北京の時は、米国ばかりが優勝するから、違う国が優勝したら可能性が出てくるんじゃないかって考えていた。じゃあ、ウチらが絶対に勝つしかないって。でも、結局変わらなかった。選手レベルではどうしようもないことが世の中にはある。自分たちは諦めずにただ積み重ねていくのみ。あとは、開催国(米国)の気持ちに懸ける、念ずるしかない。五輪種目になった、ならないで一喜一憂する感情はなくなりました」

 五輪の決勝は横浜スタジアム。歓喜のマウンドに、上野がきっと上がっている。

 ≪海外ライバルとの駆け引き≫海外勢は、五輪イヤーになると自国に戻る傾向がある。ライバルの動向がチェックできるのは、今季しかない。トヨタ自動車には米国勢。世界一の左腕・アボットと、18年世界選手権代表の好打者アギュラーがいる。SGホールディングスのポーターはオーストラリアの大砲だ。上野は、国際大会と日本リーグで投球スタイルを「裏と表ぐらい」変えている。「打者のパワーも選球眼も繊細さも駆け引きも違う。海外で気を付けるボールと日本人の気を付けるボールは全然違うので、脳味噌を変えてマウンドに上がっています」。違いを見比べるのも楽しみ方の一つだ。

 【今季代表初戦は来月アジア杯】日本代表の今季初戦は5月1日からインドネシアで行われるアジアカップ。6月に仙台市と都内で日米対抗、8月末にジャパンカップ国際女子大会(群馬県高崎市)がある。東京五輪での金メダルへ向け、リーグ戦の合間と終了後には、国内外での代表合宿がみっちり入っている。

 ◆上野 由岐子(うえの・ゆきこ)1982年(昭57)7月22日生まれ、福岡市出身の36歳。小3で近所のソフトボールクラブで男子に交じって競技を始める。柏原中3年で全国大会優勝。九州女子高(現福岡大若葉高)を経て01年4月に日立高崎(現ビックカメラ高崎)に入社。自己最速の121キロは、野球で170キロに相当すると言われる。名前には、両親の「山を支えるような人間に」という願いが込められている。趣味は読書。1メートル75、73キロ。

続きを表示

この記事のフォト

2019年4月10日のニュース