杉田 芝で日本人男子ツアー初V!遅咲き28歳が快挙達成

[ 2017年7月3日 05:30 ]

男子テニス アンタルヤ・オープン ( 2017年7月1日    トルコ・アンタルヤ )

ツアー制覇を成し遂げ、優勝カップを掲げる杉田祐一
Photo By 共同

 遅咲きの28歳が日本男子3人目の快挙を成し遂げた。世界ランキング66位の杉田祐一(三菱電機)が、同62位のアドリアン・マナリノ(29=フランス)を6―1、7―6で破り、松岡修造、錦織圭に続くツアー優勝を達成した。優勝賞金7万8270ユーロ(約1002万円)を獲得し、世界ランクは日本男子歴代2位の44位まで上昇する見込み。3日開幕のウィンブルドンでは、1回戦で世界230位のブライダン・クライン(27=英国)と対戦する。

 華麗なる一族に生まれ、体格に恵まれたわけではない。早くから天賦の才を見込まれていたわけでもない。高3でプロ転向してから、大学に進み、企業に所属してプレーを続けてきた。松岡氏や錦織に比べれば地味に映る歩みの28歳が、プロ11年目にして彼らと同じ頂点を極めた。

 「今までの選手生活の中で一番感動した瞬間だった」。第2セットのタイブレーク、相手がリターンをネットにかけると、杉田は感極まって芝の上に倒れ込んだ。日中の気温が40度を超えるしゃく熱のアンタルヤ。「エネルギー切れになりそうだったが気力で戦った」と体を震わせて叫び声をとどろかせた。

 プロでのキャリアは長くランキング100番台以下にとどまっていった。4大大会の予選は何度も敗退し、同期や年下の選手が晴れ舞台に立つのを横目に見てきた。18回目の挑戦だった14年ウィンブルドンでようやく初出場。しかし、いまだに4大大会での初勝利はない。

 そんな選手がプロ10年目の昨年初めて100位の壁を破った。日本テニス協会の強化副本部長で、早大の監督でもある土橋登志久氏は「28歳になって、ここで最後の勝負をしたいという覚悟が強まったのだと思う」と変化を感じていた。頑固で自分を曲げなかった杉田が他人のアドバイスを聞き入れ、サポート体制を整え、転戦しながら年間160日近くトレーニングに費やすようになった。リオ五輪代表に選ばれるなど自信もつけていった。

 好調の今季も照準は得意の芝コートに合わせていた。「思い入れのある芝に懸けていた」とクレーのマスターズ大会をあえて欠場して、ツアー下部大会で優勝。弾みをつけ今年新設の今大会で初代王者に輝いた。芝でのツアーVは日本男子初の勲章となった。

 快挙に続いて迎えるのは、唯一芝コートで行われる4大大会だ。「準備する時間はないが、最初の試合に全力を尽くしたい」。遅咲きの男は緑輝く聖地での活躍を誓った。

 ◆杉田 祐一(すぎた・ゆういち))

 ★生まれとサイズ 1988年(昭63)9月18日、宮城県仙台市出身。1メートル76、67キロ。

 ★テニス歴 7歳で始め、06年10月に18歳でプロ転向。07年2月に国別対抗戦デビスカップ(デ杯)で代表デビューし、18歳4カ月で日本のデ杯最年少勝利(当時)。10、12年全日本選手権優勝。

 ★学歴 長命ケ丘小―松葉中―湘南工科大付属高―早大(中退)。中学時代は練習相手を求め、週末は仙台から千葉の吉田記念テニス研修センターまで通っていた。

 ★ツアー実績 ツアー下部のチャレンジャー9勝。ツアーレベルでは今年4月のバルセロナ・オープンなど2度の8強が最高だった。昨年のリオ五輪は2回戦敗退。

 ★復興支援 所属先の三菱電機に働きかけ、出身の泉パークタウンテニスクラブとクリニックを開催。インターネットを通じ募金を集めるクラウドファンディングで義援金を募ったことも。

 ★芝向き 直線的なフラットのボールを生かしたテニスが持ち味。高校時代から「ネットの10センチ上を通すのが自分のテニス」と語っており、球足が速く、ボールの弾まない芝コートとは相性は抜群。

続きを表示

2017年7月3日のニュース