コロンビアで悲劇…元J監督が、得点王が墜落死 75人が犠牲に

[ 2016年11月30日 05:30 ]

コロンビア中部メデジン近郊のチャーター機墜落現場で救出作業にあたる人々(AP)
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 元Jリーガーが“メデジンの悲劇”の犠牲となった。南米連盟主催の国際大会スダメリカーナ杯の決勝に進出していたシャペコエンセ(ブラジル)の選手、関係者を含む乗客乗員計81人が乗ったボリビアのチャーター機が28日、コロンビアで墜落した。地元政府は29日に生存者は6人で、残り75人は死亡したと発表。元J1神戸指揮官のカイオ・ジュニオール監督(51)のほか、J2千葉などで活躍したFWケンペス(34)ら、かつてJリーグでプレーした4選手も搭乗していた。

 山肌に大破した航空機が横たわっていた。シャペコエンセの選手22人ら乗客72人と乗組員9人が乗ったチャーター機が28日夜に同国中部メデジン近郊に墜落した。現場は山岳部でアクセスが難しい上に、悪天候で救助活動は難航。地元警察は29日未明に生存者は5人のみと発表したが、その後、コロンビアのサントス大統領は6人が生存していると明らかにした。ロイター通信などは当局者の話として乗客乗員75人が死亡したと伝えた。

 地元報道によると生存者は選手3人が含まれておりDFアラン・ルシェウ、GKダニーロ、GKジャクソン・フォルマン。残り3人は記者、乗組員、技術者という。搭乗者名簿には、神戸で09年に指揮を執ったカイオ・ジュニオール監督ら元Jリーグ関係者5人が含まれていた。05年に柏に所属したMFクレーベルはチーム主将。12年に当時J1のC大阪、13~14年にJ2千葉でプレーして13年にJ2得点王となったFWケンペス、昨年川崎FでプレーしたMFアルトゥール・マイア、10年に当時J1の京都に所属したDFチエゴも搭乗していたが、生存者名簿にはいずれも名前がなかった。J2千葉のMF佐藤勇人はツイッターで「ケンペスどうか無事でいてくれ」と元同僚の無事を祈るなど、日本の関係者にも動揺が広がった。

 シャペコエンセは南米連盟主催の国際大会スダメリカーナ杯で初めて決勝進出。30日に決勝第1戦でアトレチコ・ナシオナル(コロンビア)と対戦するためサンパウロを28日午後3時すぎにたち、ボリビア東部サンタクルスを経由し同午後9時半ごろにメデジンの国際空港に到着予定だった。しかし事故機から電気系統のトラブルを伝える緊急発信の後、メデジン近郊で消息を絶ち山岳部に墜落した。

 初のビッグタイトルを目前にした悲劇だった。本拠地シャペコは人口わずか20万人。14年にブラジル1部に35年ぶりに復帰した地方の小クラブにとって奇跡的な快進撃で、指揮官は決勝進出を決めた直後の会見で「もし今日死んだとしてもハッピーだ」と感極まって話すほど喜んでいた。

 シャペコエンセとアトレチコ・ナシオナルの勝者は、南米代表としてスルガ銀行チャンピオンシップの出場権を獲得。今年のルヴァン杯王者の浦和と来年に対戦予定だった。南米連盟は決勝の延期を発表したが、状況的に開催は難しい。地元報道によると、アトレチコ・ナシオナルは、南米連盟にシャペコエンセを大会優勝チームとするよう依頼したという。

 ▽シャペコエンセ ブラジル南部サンタカタリナ州のシャペコを本拠地に1973年創設。77年に同州選手権を制し、初タイトルを獲得。78年にブラジル全国選手権1部に初昇格したが、その後は下部で低迷。09年4部、12年に3部、13年に2部と昇格。14年に35年ぶりに1部復帰し15位。昨季は14位、今季は9位で、「ブラジルのレスター」と呼ばれる。主なタイトルはサンタカタリナ州選手権優勝5回、同州杯優勝1回。

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