“名伯楽”山内師、ラスト白星で締めくくる!「長い人生の集大成」

[ 2020年2月26日 05:30 ]

山内研二調教師(撮影・亀井 直樹)
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 競馬界は別れの季節――。3月3日付で定年引退となる山内研二師(70)と作田誠二師(70)がラストウイークを迎える。山内師はダンツシアトル、ダンツフレームで宝塚記念を制するなどJRAのG1・6勝を誇る名伯楽。物静かなトレーナーが長い競馬人生を振り返った。

 普段は多くを語らない山内師が、ひと言ひと言を丁寧に、自らの調教師人生を振り返った。ピンクのメンコがトレードマーク。積極的に外国産馬を手掛け、2歳戦から活躍する馬が多いことでも知られた。31年間トップクラスで戦い続けた秘訣(ひけつ)は何だったのか…。師には最後まで貫き通したことがひとつある。

 「接し方を一番大事にしてきた。馬は臆病な生き物。間違った育て方をすると、それが残ってしまう。叱る時は叱らないと駄目だけど、やり方がある。人間の感情ではなくて、一頭、一頭にしっかり向き合って伝えれば、分かってくれる生き物なんだよ」

 74年に24歳で騎手デビュー。78年小倉記念(ショウフウグリーン)で重賞初制覇を飾り、ジョッキー時代は計61勝を挙げた。89年に調教師として開業。96年皐月賞を制したイシノサンデー、00年オークスでは1着シルクプリマドンナ、2着チアズグレイスと自厩舎ワンツーフィニッシュ。数々の功績を残してきた師が初めてG1を勝ったのはダンツシアトルの95年宝塚記念だ。

 「ライスシャワーが競走中止したレースなので鮮明に覚えている。直線は最内の狭いところをズバッと抜け出した。うれしかったね。ダンツシアトルは僕がセリで選んだ馬。米国産で当時から走る!とは思っていたけど、まさかG1を勝つなんて。本当に驚いた」

 その7年後、同じ冠名のダンツフレームが再び宝塚記念を制した。「宝塚記念は縁があるレースだったのかな」と笑みを浮かべる。前年の牡馬クラシックで皐月賞(勝ち馬アグネスタキオン)、ダービー(同ジャングルポケット)とも2着に敗れていただけに悲願のG1勝利だった。

 泣いても笑っても今週でラスト。「長い人生の集大成。だからといって、簡単に勝てる甘い世界ではない。でも、最後を勝利で締めくくれたらうれしいね」。土曜阪神メインの仁川Sにはアポロテネシー、ビスカリアがスタンバイ。名トレーナーが有終の美を飾るか。

 ◆山内 研二(やまうち・けんじ)1949年(昭24)6月30日生まれ、宮崎県出身の70歳。74年に騎手デビュー。通算61勝。89年に厩舎を開業。メンコのマークは土佐山内家の家紋「土佐柏(かしわ、丸に三つ細柏)」を模したもの。JRA通算9337戦869勝。JRA重賞48勝のほかダービーグランプリ2勝(96年イシノサンデー、04年パーソナルラッシュ)、東京大賞典(16年アポロケンタッキー)など交流重賞も多数勝利。

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