64年ぶりダービー牝馬ウオッカ早すぎる死…平成の終わりに天国へ

[ 2019年4月4日 05:30 ]

ウオッカは64年ぶり3頭目となる牝馬によるダービー制覇を達成
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 牝馬として64年ぶりに日本ダービーを制覇するなどJRA史上最多タイのG17勝を挙げたウオッカ(父タニノギムレット、母タニノシスター)が、配合のため滞在していた英国ニューマーケットで1日午後(現地時間)、両後肢の蹄葉炎(ていようえん)のため死んだ。15歳。日本中央競馬会(JRA)が3日、発表した。10年3月に現役を引退した同馬は、その後はアイルランドで繁殖馬生活を送っていた。平成最強の名牝は平成が幕を閉じるのと時を同じくして、天へと駆け上がった。

 G1・7勝の最強牝馬が天国へ旅立った。ウオッカは今年度の配合のため、けい養先のアイルランド(ギルタウンスタッド)を離れ、2月23日から英国ニューマーケット近郊の牧場に滞在していた。アクシデントが起きたのは3月10日早朝。馬房内で右後肢に異変があることにスタッフが気付き、馬のクリニックへと搬送された。

 検査の結果、「右後肢第3指骨粉砕骨折」と判明。骨折部位をボルトで固定する手術を受け、回復に向けた処置が続けられたが、今度は両後肢に蹄葉炎を発症。回復の見込みがなくなり1日午後、安楽死の処置が取られた。競走馬の平均寿命が20~30歳といわれる中で、早すぎる死となった。

 挑戦を続け、ファンに夢と勇気を与えた。07年桜花賞で2着に敗れた後、角居師は谷水雄三オーナーに相談した。「(オークスでなく)ダービーに行っていいですか?」。同世代の牝馬として、ただ1頭、ダービーへの予備登録を指示した同オーナーも気持ちは同じだった。「行こう!」。結果は37年ヒサトモ、43年クリフジ以来、64年ぶりとなる牝馬ダービーV。当時の鞍上だった四位は「ただただショック。僕にとっては子供の頃からの夢であったダービーを獲らせてくれた、かけがえのない馬です。あんな馬にはもう巡り合えないかもしれません」と沈痛なコメントを寄せた。

 その後もチャレンジを続けた。3歳牝馬として11年ぶりの宝塚記念出走(1番人気8着)。ドバイにも遠征(08年ドバイデューティフリー4着)した。08年安田記念を勝って息を吹き返した。そしてウオッカを語る上で欠かせないのが、同年天皇賞・秋での4歳牝馬ダイワスカーレットとの死闘。約13分の写真判定の末に“2センチ勝負”を制した武豊も「僕にとって大変思い出深い馬で、名馬と呼ぶにふさわしい馬。本当に残念なニュース」と冥福を祈った。

 鹿毛、稲妻にも似た流星、ターフに映えた黄色の勝負服。平成の時代に現れた史上最強牝馬はファン、関係者に強烈なインパクトを残した。

 ▼蹄葉炎 馬の蹄の内部は血管が発達しているが、体重が重いことや心臓から遠い体の末端に位置することなどから血液が十分に行き届かない。これを補っているのが蹄機(ていき=歩行の際に蹄の負重免重が繰り返され、一種のポンプとして血行を促進する)であるが、肢に故障を発症し、動けずに他の肢で長時間負重し続けると、蹄の内部の血液循環が阻害され、蹄の内部に炎症が起こり激しい疼痛(とうつう)を発する。これが蹄葉炎である。昭和の名馬テンポイント、名種牡馬として知られるサンデーサイレンスも蹄葉炎を患った。

 ◆ウオッカ 父タニノギムレット 母タニノシスター(母の父ルション) 栗東・角居厩舎 馬主・谷水雄三氏 生産者・北海道静内町カントリー牧場 戦績26戦10勝(うち海外4戦0勝) 総獲得賞金13億3356万5800円(付加賞含む)。11年顕彰馬に。

 ▼谷水雄三オーナー このような形になり大変残念です。ウオッカには、ただただ感謝の気持ちしかありません。多くのファンに応援していただいた馬でファンレターもたくさんいただきました。今でも当時を思い出し、胸が熱くなります。

 ▼角居勝彦師 厩舎をメジャーにしてくれた功労者で、私にとっても大切な馬でした。ファンも大変多い馬で本当に残念です。

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