講談師で元参院議員の旭堂南陵さん死去 70歳 NHK朝ドラにも出演

[ 2020年7月30日 18:03 ]

死去した旭堂南陵さん(2009年撮影)
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 講談師で元参院議員の旭堂南陵(本名西野康雄)さんが30日午前10時36分、膵臓(すいぞう)がんのため兵庫県西宮市の自宅で亡くなった。70歳だった。葬儀・告別式は家族葬として執り行い、後日お別れの会を検討している。

 南陵さんは23日に大阪・文楽劇場で予定した公演を体調不良のため音声のみのリモート出演に切り替えた。31日に東京・新宿永谷ホールで公演を予定したが「コロナウイルスの影響で中止となりました」とホームページで告知していた。

 父が農協理事を務める富裕な堺市の農家に生まれ、その貸家には故横山やすしさんがいた。殿馬場中での弁論大会、緊張から開始1分で絶句してしまったことで「どんな仕事に就いても人前で話ができるようにならなあかん」と決意。1967年、泉陽高から近大農学部に進み、落語講談研究会に入部した。

 歴史好きだったことから講談班を選ぶと当時顧問だったのが2005年に88歳で亡くなった三代目南陵さん。卒業を前に家業を継ぐように迫る父に「農協にも就職しない、芸人にもならない、大学院に行く」と大阪府大大学院に合格すると、その足で三代目に入門した。

 72年に南右でデビューし78年、小南陵を襲名。真打ちに昇進して06年、三代目の一周忌を機に四代目南陵を襲名した。埋もれてしまった講談の速記本など約1万点を収集、研究し、解説本も出版。明治20~30年代、大阪市内には数十カ所の講談定席があり、数十人の講談師が活躍した史実を紹介した。明治期の上方講談復活に取り組み、セリフを大阪弁に改めるなどした。

 NHK連続テレビ小説「やんちゃくれ」(98年後期)「あさが来た」(15年後期)にも出演。11年、大阪芸大大学院で博士号を取得した。長良川の河口堰反対運動にたずさわり政界にも進出し、89年参院選に日本社会党公認で兵庫選挙区から出馬し、1期務めた。

 ◆旭堂 南陵(きょくどう・なんりょう) 1949年9月4日、大阪府出身。99年、上方お笑い大賞審査員特別賞受賞。11年、大衆芸能部門で文化庁芸術祭大賞を受賞した。

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