薬丸裕英 “後輩”TOKIOに「いろんな形で変わっても最後まで名前は残して」

[ 2020年7月9日 11:02 ]

タレントの薬丸裕英
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 タレントの薬丸裕英(54)が8日放送のフジテレビ「TOKIOカケル」(水曜後11・00)にゲスト出演。かつて自身が所属していたジャニーズ事務所の後輩で、デビュー26年目の「TOKIO」へアドバイスを送った。

 薬丸は1978年にジャニーズ事務所に入所し、TBS「2年B組仙八先生」(1981年)に生徒役で出演。翌年82年、本木雅弘(54)、布川敏和(54)とともに3人組アイドルグループ「シブがき隊」を結成して、レコードデビューした。シングル・アルバム累計41枚をリリースし、5年連続でNHK紅白歌合戦にも出場。しかし、わずか約6年半で1988年にグループは解散。翌89年に、事務所を退所した。

 国分太一(45)が「薬丸さんから見て、TOKIOってどう見えているんですか?」と聞かれた薬丸は「一言でいうと、25年アイドルでやっていけるってすごい。これは本当にすごいと思う」とキッパリ。「俺たちはやりたくてもできなかったから。それは人気もないと続かないって、グループって。でも、続けていられる」と称賛した。

 そのうえで「最終的にジャニーズ事務所を引っ張っていくのはTOKIOだと思う」と話すと、国分らから「え?」と驚きの声が上がった。

 薬丸は「いろんな形でTOKIOが変わるかもしれない。変わっても、少年隊みたく、『TOKIO』ってグループは残して、最後まで名前は残してほしいな」と続けた。

 また、リーダーの城島茂(49)については「ジャニーズ事務所で定年退職する」と、アイドルを貫くよう提言。その言葉に、松岡昌宏(43)は「たぶん、城島茂が定年退職をして、文句を言う、タレント、ファンはいないと思う」、国分も「事務所も何も言わないと思う」と同意。当の城島は「希望があるのか、ないのかわからなくなってきた…」と困惑。それでも、薬丸は「いいのよ、1回定年退職して(事務所を)外れて、また、執行役員で戻ってくる」と応じ、城島は「戻る場所ありますかね?」と苦笑するばかりだった。

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