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レツゴー三匹・長作さん死去 74歳肺がんで 16年から闘病

1日に肺がんのため亡くなった「レツゴー三匹」のレツゴー長作さん
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 漫才トリオ「レツゴー三匹」のメンバーとして一時代を築いたレツゴー長作(れつごーちょうさく、本名・永原誠=ながはら・まこと)さんが1日午後8時35分、肺がんのため大阪市内の病院で死去した。74歳。岡山市出身。葬儀・告別式は近親者で行った。故人の遺志により、お別れ会などは予定していない。

 2016年3月に進行性のがんが見つかり入院。抗がん剤や放射線治療を受けながら入退院を繰り返し、昨年末から緩和ケアに切り替えていた。最後は妻、長男、長女、次女にみとられ静かに息を引き取ったという。残した言葉は「お母さんを大切にして」だった。

 岡山県の中学を卒業後、1964年に松竹芸能入り。レツゴー正児(77)、逢坂じゅんの名前でも活動したレツゴーじゅんさん(14年死去、享年68)と69年に「レツゴー三匹」を結成した。

 じゅんさんが「じゅんでーす」長作さんが「長作でーす」とあいさつし、正児が「三波春夫でございます」と自己紹介して両脇の2人がツッコミを入れるパターンで人気を博した。

 バラエティー番組で活躍し、73年の上方漫才大賞など関西の漫才賞を多数受賞する一方、93年ごろから津軽三味線を使った三味線漫談で全国を回った。

 14年、トリオの最年少だったじゅんさんの告別式では「年の順であるべき台本でアドリブかまして先に逝ったんかな。驚かせてくれる人やから」と寂しそうに語っていた。昨年2月、舞台「おもろい女」を体調不良と療養を理由に休演。16年3月27日に大阪・道頓堀角座でのステージが最後の仕事となった。

 ◆レツゴー長作 本名・永原誠。1943年(昭18)9月29日、岡山県妹尾町出身。中学卒業後に俳優を目指して1964年、松竹新喜劇入り。先代渋谷天外の弟子となり、同年11月に道頓堀中座で初舞台を踏む。演歌歌手として「道頓堀人情」「女舟」「演歌うちのカアちゃん」などをリリースした。

 ▼横山たかし(漫才師) 「レツゴー三匹」と「横山たかしひろし」がトリを競い合い、切磋琢磨し合いながらライバルとして頑張ってきた事を思い出します。その頃のことを考えるとつらいです。皆が亡くなって行くから、ほんとにつらい。

 ▼横山ひろし(漫才師) 横山たかしひろしがデビューしてすぐの頃、自宅が近かった。ある日、長作さんが家に招待してくれてビフテキをごちそうしてもらい、家に泊まらせてもらった。その頃は、ビフテキなんて食べたことがなく、いつかお礼をしないといけないと思い、上方漫才大賞をもらった頃、お肉をお返ししたらすごく喜んでくれた。いつも励ましてくれる存在でした。

[ 2018年2月5日 05:30 ]

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