春之輔が「四代目 桂春団治」襲名 上方“四天王”の名跡復活へ

[ 2017年2月3日 05:30 ]

春団治襲名の心境を語る桂春之輔
Photo By スポニチ

 上方落語の大名跡「桂春団治」の四代目を、三代目の弟子の桂春之輔(68)が襲名すると2日、所属する松竹芸能が発表した。襲名は来春を予定。三代目が昨年1月に亡くなってから約1年で“四天王”の名跡の一つが復活することが決まり、大阪市内で会見した春之輔は、四代目像について「自分なりに努力してつくり上げていきたいと思います」と決意を語った。

 大名跡を継ぐことになった二番弟子の春之輔は会見で「師匠は“弟子は皆、かわいい。全員に継がせたいけど名は一つだけ”と言っていた」ことを吐露。その上で「力不足は自負してます。芸に関してはかなうもんやないと思います。初代、二代目、三代目にない芸を、自分なりに努力してつくり上げていきたいと思います」と決意表明した。

 春之輔によると、師匠が亡くなった時に遺族から遺言の存在を知らされ「1年後に遺言開きをして、その内容を知らしめるようにする」と伝えられた。そして三代目の一周忌追善公演(大阪・道頓堀角座)が終わったちょうど1週間後の1月15日、一門が大阪市住吉区の三代目宅に集結。そこで遺族3人から口頭で三代目の遺志として春之輔が四代目を継承することが告げられたという。

 春団治といえば、初代は豪放磊落(らいらく)な“爆笑王”として人気を博し、二代目も名人芸で初代をしのぐとされるほど活躍。そして二代目の息子である三代目は洗練された高座で知られ、戦後、上方落語の復興に貢献した。そして、いずれも故人の六代目笑福亭松鶴さん、三代目桂米朝さん、五代目桂文枝さんと共に「四天王」の一翼を担い、上方落語の復活に尽力した。

 三代目の没後1年余りでの発表について松竹芸能・井上貴弘社長(49)は「春団治の名前をより大きくするために、間を空けずに決めたということ」と説明。春之輔も「私が“名前を止めたら。三代限りにすれば”と提案もしたが、師匠は“この名前は継いで行かないかん”とおっしゃった」と三代目の思いを代弁。その上で「初代から伝わる唯一のもの」という着物の前面で輝く金色の羽織紐(ひも)を見せながら、「三代目のネタを全く同じようにはできない」とし、先人のやらなかったネタに挑戦し、自分なりの四代目をつくり上げていくことを宣言していた。

 襲名披露興行は、来年春に地元・大阪からスタートさせる方向で調整する。

 ◆桂 春之輔(かつら・はるのすけ、本名・山城彰=やましろ・あきら)1948年(昭23)7月20日、大阪府寝屋川市生まれの68歳。府立桜塚高卒。高校在学中の65年10月に三代目桂春団治さんに弟子入り。当時の高座名は桂春章で68年に初舞台。同年2月に四代目春之助、93年4月に春之輔へ改名。出囃子は「月宮殿鶴亀」。趣味はゴルフ、観劇。代表的な演目は「幸助餅」「子は鎹」「鰻の幇間」など。2003年から上方落語協会の副会長。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「連続テレビ小説「なつぞら」」特集記事

2017年2月3日のニュース