小池一夫氏 新作「昭和ルビコン」に込めた“反戦”への思い

[ 2015年8月16日 09:45 ]

戦争について語る小池一夫氏

 激動の「昭和」を生き抜いた漫画界の巨匠に、あすへの提言を聞く最終回は「子連れ狼」で世界に日本の漫画を広める草分けとなった劇画原作者、小池一夫氏(79)。「うる星やつら」の高橋留美子氏、「北斗の拳」の原哲夫氏ら門下生は300人を超え、米国で殿堂入りもしている重鎮。「戦争という悲劇を繰り返さないため、いま新作を書き始めている」という。タイトルは「昭和ルビコン」。こめた思いを聞いた。

 昭和の俳人、渡辺白泉の名句「戦争が廊下の奥に立つてゐた」を最近思い返すという。

 「戦争は地獄です。僕らの世代で戦争に少しでも近づくようなことを、よしとする人はいない。絶対に戦争だけはしちゃいけない。人生80年のジジイがはっきりと言える間違いないことです」

 秋田・大曲生まれ。小学生の時に玉音放送を聴いた。空襲も体験。

 「防空壕(ごう)の外に出ると殺されるという恐怖を味わいました。秋田にも土崎という軍港があって。B29が何機もやってきて。空襲の光景は悲しくも美しく、火柱がドーンドーンと上がる、あの光の中で多くの人が死んでいる。今も忘れられない光景です」

 父親は軍医だった。

 「だいぶ前に83歳で亡くなったのですが、第2次大戦の頃は満州へ行っていました。外科医だったので終戦後は秋田で開業したのですが、戦地で多くのつらい体験をしたのでしょう。当時のことを聞いても答えてくれませんでした。“何もしないのが一番”と言い、無口になってしまった。しゃべると、どうしても思い出すことになる。それが嫌だったのでしょう」

 世界のコミック界のアカデミー賞といわれる、米アイズナー賞で殿堂入りしている巨匠の目が潤む。代表作「子連れ狼」は80年代に北米で「Lone Wolf and Cub」として出版され大ヒット。世界に日本の「マンガ」が広まる一翼を担った。

 「子連れ狼の親子、拝一刀と大五郎。2人は“大五郎”“ちゃーん!”と言うだけで、親子なのにあまりセリフがないでしょう。あれは、私と私のオヤジですよ。終戦後の私の実体験がモデルになっているんです。しゃべらなくても親子の情愛というものは通じるものでね。あんまりしゃべってたらヒットしなかったかもしれませんね」

 戦争を体験した者として、何かを残すことが使命と強く感じている。

 「戦争体験をドラマとして残し、次の世代に伝えていかなければ、それは忘れ去られて再び同じ悲劇が繰り返されるかもしれない。80歳になるジジイですから、書けるうちに書いておきたい。実は次の作品は決まっていてね。タイトルは“昭和ルビコン”。日本は第2次大戦でルビコン川を渡ってしまった。そしてエノラ・ゲイが原爆を落とした。踏み込んではいけないところに踏み込んだという意味では、アメリカもルビコン川を渡った。もう1カ月早く戦争が終わっていれば…とつくづく思いますね」

 物語は、小学6年生で終戦を迎える少年3人の人生を描く。始まりも決まっている。

 「空襲の中、3人の少年が立ち小便をしている。みんなが逃げている中でね。びびってるヤツは小便が出なくて、ひとりはタランタランと、そしてビューッと遠くへ飛ばすヤツがいる。そして終戦後、大人になった彼らは国会議員、大実業家、ヤクザになった。その3人のキャラクターを通して、戦争だけじゃない、戦後の昭和も描くんです。やっぱり誰かが昭和の時代を丸ごと書かなきゃいけない」

 廊下の奥に戦争の影は近づいていないか。戦争体験者として厳しいまなざしを向けながら「国民が選んだ代表が十分議論した上で多数決で決まったのなら従わなきゃいけない」とも言う。

 「戦中生まれの者として戦後70年とは、我々国民が平和を手にした70年であり、それも議会制民主主義があったからこそという思いがある。もちろん国民が納得するまで議論することが大前提ですから、安倍首相もソーシャルメディアをもっと使って幅広い世代とコミュニケーションをとればいい」

 75歳を過ぎて始めたツイッターのフォロワーは現在12万人以上。大学で教壇に立ち、今も世界中のコミックコンベンションに顔を出す。マンガで国境を超え、SNSで世代間を超えようとしている。「みんながお互いを知り、分かり合うこと。戦争をしないようにする方法はちゃんとある」

 <巨匠がこの夏お薦めの3冊>

 ▼さようなら、オレンジ(岩城けい) オーストラリアに来たアフリカ難民の女性が夫に捨てられながらも言葉を覚え、子供を育て生き抜く物語。「その国の言葉を覚え互いに理解することの大切さ。世界で戦争を起こさないようにする一番大事なことがこの本の中にある」

 ▼聲の形(こえのかたち、大今良時) 聴覚障がいによって嫌がらせを受ける少女と、そのいじめの中心人物だった少年の物語。「声に形はないけれど、心の声には形があるということを僕に教えてくれた。学校の四角いズック箱とか背景描写も素晴らしい」

 ▼凍りの掌(こおりのて、おざわゆき) シベリアに抑留された父の体験を基にした作品。今年の日本漫画家協会賞大賞受賞。「シベリア抑留の地獄と生きて家族の元に帰ってこられた幸せ。それぞれにそれぞれの戦争があったことを知る一冊」

 ◆小池 一夫(こいけ・かずお)1936年(昭11)5月8日、秋田県生まれの79歳。初期の「ゴルゴ13」の脚本に携わり、70年の独立後「子連れ狼」(画・小島剛夕)、「傷追い人」「クライングフリーマン」(画・池上遼一)などを発表。米コミック界の巨匠フランク・ミラーらファンは多く、米国の大ヒット映画「ロード・トゥ・パーディション」は「子連れ狼」がモチーフ。大阪芸術大学教授を務め、「キャラクター原論」の提唱者。

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