大島優子 だからここまで来られた 前田敦子は「ライバルでした 良きライバル」

[ 2012年8月28日 07:24 ]

「絶対的エース」「不動のセンター」と称され、多くのファンの支持を集めてきた前田敦子。自他ともに認める「不器用」な彼女は、いったい、AKB48にとってどのような存在だったのか…!?

 「ライバルでしたね。良きライバルでした」

 大島優子(23)はしみじみとそう話す。

 AKB48の人気No・1を決める選抜総選挙で「絶対的エース」を破ったことがあるのは大島だけだ。対戦成績は前田の2勝1敗。大島としては今年の総選挙で五分に持ち込みたいところだったが、その前に前田は卒業を発表して参戦を辞退してしまった。

 「あっちゃんに出てほしかったというより、あっちゃんが出ないんだったら私が出る意味がないと思いました」

 結果的に大島は出馬して1位を獲得したが、負け越しを解消することはできなかった。大島にとって、総選挙で戦うべき相手は前田だけだった。

 2人は常にライバル関係を取りざたされたことから「周りに、つくられた壁があった」と大島は明かす。ところが、3月の前田の卒業発表後にはその壁が崩れて2人の距離が縮まり、連日のように電話で話す関係になった。6月の総選挙開票発表の前夜には前田とカラオケを歌いに出掛けたという。

 「ライバルがいて良かったと思います。あっちゃんがいなかったら私はここまで来られませんでした。あっちゃんも、私がいなければここまで来られなかったと思ってくれたらいいな…」

 かつて大島は前田のことを「AKBの顔」と称したが、卒業にあたりあらためて「唯一無二の存在」と断言する。そして「あっちゃんと同じような存在は現れないと思います。でも、それに変わって、何か人をひきつける存在、私たちが認めざるを得ないような子が出てくるとうれしいです」と、新たなライバル出現に期待を込めた。

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