梨元勝さん逝く…通夜、葬儀はひっそりと

[ 2010年8月24日 06:00 ]

肺がんのため亡くなった梨元勝さん(梨元・芸能!裏チャンネル提供)

 芸能リポーターの草分け的存在で「突撃取材」の代名詞だった梨元勝さんが21日午前5時19分、肺がんのため都内の病院で死去した。所属事務所が23日公表した。65歳。東京都出身。女性誌の芸能記者からリポーターに転身。「恐縮です」の名フレーズで芸能人に切り込み、多くのスクープを残した。今年6月に肺がんを公表後も、病床から自身の闘病をリポート。最後までその取材姿勢を貫いた。

 マイクを手に日本中を飛び回り、お茶の間を騒がせることに身を砕いた人生とは対照的に、梨元さんはひっそりとした病室で妻の玲子さんと長女でタレントの眞里奈(30)にみとられ静かに息を引き取った。
 この日、都内で営まれた通夜も、24日の葬儀も親族のみの密葬。マスコミの取材はシャットアウトされた。
 6月6日に肺がんを公表してから、わずか2カ月半での悲報。異変があったのは今年はじめ。せきをするときに違和感を感じ、4月中旬からせきが止まらないことが多くなった。5月中旬には知人との食事中に激しいせきが続いたために中座。検査を受け、がんが見つかった。
 手術はせずに抗がん剤で治療を始め「私の生き方を伝えることで同じような病気の人の励みになれば」とインターネットのツイッターでありのままの病状を報告。芸能人のスキャンダルを“人間ドラマ”として伝えることにこだわった梨元さんらしい闘病リポートだった。
 「ベッドの上でもスクープはとれる」と言い、取材活動は継続。眞里奈が差し入れた雑誌を読み、関係各所と電話連絡。最近も、かつて女優いしだあゆみ(62)との事実婚の破局をスクープした俳優萩原健一(60)の“還暦愛”に関心を寄せ、それが最後の芸能リポートとなった。
 体調が悪化したのは約1カ月前。ツイッターの書き込みで「だるさは取れません。食欲ナシ」などと初めて弱音をみせ、今月17日には「なかなか寝付けません。一人でトイレ行けないのが辛(つら)いです」と吐露。これが最後の闘病報告となった。
 芸能リポーター一筋に生きた30余年。最後まで突撃取材を貫いた梨元さんにとって、密葬は「父の遺志とは反するかも」と眞里奈はコメント。「なかなか家族で一緒に過ごすことができなかったため、最後くらいは親族だけで送りたいという私たち家族のわがままです」とその思いを説明した言葉に、梨元さんが人生を仕事に懸けてきた姿がにじんでいた。

 ◆梨元 勝(なしもと・まさる)1944年(昭19)12月1日、東京都生まれ。法大卒業後、講談社に入社。女性誌「ヤングレディ」の芸能記者となる。芸能リポーターに転身後、テレビ朝日の「アフタヌーンショー」「やじうまワイド」「スーパーモーニング」で活躍。06年まで在京民放のワイドショーに出演した。91年には田代美代子とのデュエットでCD「男と女のインタビュー」をリリース。06年に「恐縮です!梨元勝のマスコミ面接」でAV監督に挑戦するなど幅広く活躍した。

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