裕也「やったぜ!」でも「記事は大丈夫?」

[ 2009年2月24日 06:00 ]

滝田洋二郎監督(左)と内田裕也(1985年撮影)

 “ムコ殿”本木雅弘の快挙に、義理の父にあたるロック歌手の内田裕也(69)も「やったぜ!」と思わず跳び上がった。裕也が自ら脚本を手掛け、主演もした86年公開の映画「コミック雑誌なんかいらない!」でメガホンを託したのが滝田洋二郎監督。縁の深い2人が手を組んでつかんだ栄誉に「本当によかった」とボルテージを上げた。

 25日に東京・渋谷のC・C・レモンホールで行われる沢田研二(60)との初ジョイント公演に向けて最終準備に余念がない裕也だったが、やはり気になったのがオスカー中継。外国語映画賞の発表の際にはスタッフルームで思わずテレビにかじりついた。

 「前評判が高かったイスラエルの作品かな?と思っていたら、“デパーチュアー(おくりびとの英語タイトル)”が呼ばれた。思わず跳び上がった」

 上ずった声が興奮を物語る。娘の内田也哉子も本木に同行しロスで喜びを共有した。父親として「2人を結び付けたのがアカデミー賞だからね。余計に感慨深くてね」と感激もひとしおだ。思い出の地で喜びに沸く娘夫婦に父親の情もうずいた。

 内田家には、どこよりも早い春到来だが、裕也は過去を掘り起こし、ジョークに包みながらこんな心配も口にした。「2人の結婚をスポニチがスクープした同じ日(95年4月23日)に、オウム真理教の村井秀夫幹部が刺された。記事の扱いに影響が出たのを覚えている。今度はそんなこと起こらないだろうな…」

 滝田監督にも心から祝福のメッセージを送った。「ピンク映画で頑張っていた滝田クンを“コミック雑誌”の監督に抜てきした。“コミック雑誌なんかいらない!”じゃなくて、“いる”になっちゃったね。感無量」とニッコリ。あれからメキメキと頭角を現し、そしてオスカーを射止めた才人に敬意を表した。

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2009年2月24日のニュース