本木15年の執念…「おくりびと」オスカーに

[ 2009年2月24日 06:00 ]

22日、「おくりびと」で米アカデミー賞外国語映画賞を獲得し、笑顔の(左から)滝田洋二郎監督、本木雅弘、広末涼子

 米映画界最大の祭典「第81回アカデミー賞」の発表・授賞式が22日(日本時間23日)、ロサンゼルスのコダック・シアターで行われ、俳優の本木雅弘(43)が主演した「おくりびと」が外国語映画賞を受賞した。日本映画の受賞は、1956年度(第29回)に同賞が独立した賞になってから初めて。また、短編アニメーション部門でも加藤久仁生監督(31)の「つみきのいえ」が受賞。日本の2作品同時受賞は史上初めてとなり、列島が沸いた。

【アカデミー賞候補&受賞作


 歴史的発表は、全24部門のうち22部門目の日本時間午後1時5分ごろ。英俳優リーアム・ニーソン(56)が封筒を開け「Departures、Japan!」と、「おくりびと」の英題を叫んだ。本木らは予想外の展開に一瞬、「放心状態に陥った」という。共演の広末涼子(28)が「キャーッ!」と悲鳴をあげ、静けさを打ち破った。
 「すべてがスローモーションのようでした。カメラが僕たちの方にスーッと寄ってきて」と本木。滝田監督が立ち上がった姿が見えた。「僕も行くんですか?」と胸に手を当て、ハリウッドスターを両サイドに見てステージに上った。ニーソンとは夢見心地で握手。オスカー像を手にスピーチする滝田監督の後ろで、そっと天井を見上げた。
 胸に手を当てたこと、天井を見上げたことには理由があった。タキシードの胸ポケットには、共に同作の製作に奔走しながら一昨年死去した所属事務所前社長の小口健二氏(享年59)の写真をしのばせていた。「言葉になりません。気持ちの整理ができないほど」と大喜びしながらも「小口社長にも報告したかった」と、若干表情を曇らせた。
 そしてもう1人、一刻も早く受賞報告したかったのが也哉子夫人(33)だ。会場から徒歩5分のホテルで関係者と待機していた。ロサンゼルスは1992年、第65回アカデミー賞授賞式のテレビ番組ナビゲーターを務めた際に、通訳を担当した也哉子夫人と初めて一緒に仕事をした場所。番組終了後に実質的なプロポーズをした思い出の地だ。それだけに式が終わるとホテルに直行。夫人は「“信じられない”という笑顔で胸に飛び込んできてくれた」。そして輝くオスカー像を中央に記念写真。ロスに、また大きな思い出を刻んだ。
 快挙となった作品の原点は15年前にさかのぼる。遺体を清めて棺に納める「納棺師」という仕事をつづった青木新門氏の著書「納棺夫日記」に出合い、独特の様式美に魅せられた。プロデュースに名を連ねてはいないが、企画者として製作資金捻出に駆け回り、15年の歳月をかけて映画を完成させた。
 21日にロス入りすると、下馬評が高かったイスラエル作品「戦場でワルツを」を観賞し「すばらしかった。これは獲られる」と受賞はあきらめていた。レッド・カーペットでショーン・ペン(48)に近寄ったり、ペネロペ・クルス(34)がロビーで携帯電話で話すのを見つめたりと独特の雰囲気を満喫するだけでも十分だった。「だからレッドカーペットも気楽に歩いていた。こんなことなら堂々と歩けばよかった」と笑顔。也哉子夫人としばらく現地に滞在し、プロモーションを行う。

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2009年2月24日のニュース