ダルは「すごく優しくて“人思い”」日本ハム同期入団の鵜久森淳志さんが忘れられない思い出

[ 2024年5月20日 12:20 ]

日本ハム2軍東風平キャンプで、休日にフルーツケーキを食べる日ハムの(左から)市川卓内野手、鵜久森淳志外野手、ダルビッシュ有投手(2005年撮影)
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 ダルビッシュと日本ハム同期入団の鵜久森淳志さん(37)が、かつての仲間の日米通算200勝を祝福した。「プロ1年目から別格だったが2、3年目から取り組み方が変わり、自分の体を分析し、進化した。200勝は誰もができることではない。同期としてうれしい」と語った。

 ともに04年のドラフトで日本ハムに高卒で入団。東北(宮城)のエース、済美(愛媛)のスラッガーとして、高校日本代表でもチームメイトだった。鵜久森さんは、ダルビッシュについて「やんちゃしていた時期もあったが、すごく優しくて“人思い”。先輩でも後輩でも、困っていたら何かできないか行動する」と言う。

 その“人思い”を感じた出来事がある。プロ入り後数年が経ったある日、名実ともに球界を代表とするエースとなっていたダルビッシュから「中島さん(当時西武、現中日)、栗山さんとご飯に行くからウグもおいでよ!」と誘われた。鵜久森だけチームの主力ではなく、立場が違ったが、その気持ちがうれしかった。「“少しでもプロの世界で長く一緒にやりたい。ウグのプラスになってくれたら”という思いが伝わっきた」。鵜久森さんはその後ヤクルトに移籍し、18年限りで現役引退。レギュラーはなかなかつかめなかったが、プロの世界で14年間も生き抜いた。

 現役引退が発表された直後に、ダルビッシュはツイッター(現X)で「うぐ、お疲れ様!」と投稿し、鵜久森さんは「凄くうれしいです」と感激。その後はソニー生命に入社し、持ち前のガッツと真面目さで保険の営業に従事している。

 昨年12月には中日・涌井が昭和61年生まれの世代を集めた「61年会」を立ち上げ、鵜久森さんもナゴヤ球場の屋内練習場で開催された野球教室に参加した。同学年の現役選手はダルビッシュ、涌井、ロッテ・美馬の3人だけだが、鵜久森さんは「ワクやみんなと“ダルが将来的に来たら本当に盛り上がるね!”といつも話している。米国に住んでいるから難しいと思うが、61年会を続けていたら可能性はゼロではないかもしれない」。今季終了後もイベントを開催予定だ。

 「今年で日米合わせてプロ20年目。どんな仕事でもずっと第一線でやるのは難しい。ダルがどこまでやるのか楽しみ」。「61年世代」を代表するスラッガーは、かつての仲間の活躍を喜び、いつの日かの“共演”を夢見ている。(柳原 直之)

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