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25年前日本一当時のオリックスDJ木村芳生氏 中嶋監督に「戻ってくれてありがとう」

[ 2021年11月29日 05:30 ]

インタビューに応じるDJ KIMURAこと木村芳生氏(撮影・坂田 高浩)
Photo By スポニチ

 日本シリーズで敗退したオリックスで、96年日本一達成時にスタジアムDJを務めた「DJ KIMURA」こと木村芳生氏(59)がスポニチ本紙の取材に応じ、激闘を繰り広げたチームに感謝の言葉を送った。

 「見ていて面白い野球。楽しませてもらいました」。とりわけ中嶋聡監督には「日本ハムでGM特別補佐までしたのに。すごい決断。監督交代が続いたオリックスに戻ってくれてありがとう」とした。前回日本一の1996年以来13人目の監督。約2年ごとに監督が代わった、2年連続最下位チームを復帰2年目でリーグ制覇、そして25年ぶりの日本一へと接近させた。

 日本一翌年、V逸の97年オフに中嶋監督は西武へ移籍した。日本人初のメジャー野手を目指してFA宣言。その強肩強打は評価されたが対話能力も求められる捕手のポジション。メジャー契約までは至らず、一度はオリックスからの残留要請を断った経緯もありライバル球団へ移籍した。

 ロッカーの整理で訪れたほっと神戸で再会した木村氏は、食事を共にする間柄だったこともあり聞いた。「このユニホーム、もらっていい?」。オリックスでの現役最後の背番号「27」は木村氏の京都の自宅で大切に保管される。

 ディスコDJから91年、兵庫県西宮市から神戸市へ本拠地を移したチームに合わせてスタジアムDJに転身した。球界にディスコ流アナウンスを導入した先駆者。「途中でやめて、調子を崩すと日本中から叱られる。イチローが米大リーグに挑戦するまでは」と2000年まで務めた。

 阪神大震災発生直後、チームはオープン戦も神戸で行うことになった。木村氏は京都から毎試合、片道6時間かけて通った。「あの状況下で、見に来てくださるファンがいたのも凄い。応えなきゃと思った。今の中嶋監督もその思いでやってられたのではないか」。前年最下位からV字回復させた指揮官の原動力をそう分析した。

 現在のスタジアムDJ・神戸佑輔さんには昨年「勝つ雰囲気作りを」などと10項目ほどアドバイスした。例えばT―岡田のアナウンス。「ファンが求めているものを頭で想像してしゃべったら?そしたら面白くなる」。ファンが求める打球をイメージし「ティィィ、オカアアアダアア」と放物線を描くような音量と音程で再現してみせた。

 現在は映像制作会社「レオナルズ」を経営し、DeNAの選手紹介などを担当。またDJとしても世界最大級、観覧者40万人規模のエレクトロニクスダンスミュージックイベント「トゥモローランド」への出演を目指している。

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