古田敦也氏 今でも心に残る野村克也さんの言葉 人生訓にも通じる準備や知識の大切さだった

[ 2021年6月15日 06:00 ]

1991年、ベンチで笑顔を見せる野村克也監督(中)と、古田敦也氏(左)
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 野村ID野球の申し子として数々の好成績を残し、ヤクルトで選手兼任監督も務めた古田敦也氏(55)が、14日深夜放送の関西テレビ「こやぶるSPORTS超」(月曜深夜0・25)に出演。野村克也さんとの様々な思い出を語った。

 同じ捕手としてプレーし、ヤクルトでの9年間でリーグ優勝4度、日本一3度など、師弟関係を築いた2人。古田氏は野村さんとの出会いについて、「大きかったです。根底にあったのはラッキー。幸運だと。こういう人に出会えたから、厳しいけど、教えてもらえるわけであって。早く成長できたと思う」と、しみじみ振り返った。だが、意外にも最初の出会いは予想外の印象を持ったという。

 それはヤクルトの入団会見の際。歓迎ムードかと思いきや、古田氏は「そんなムード、まるでなし」として、当時を「ホテルのロビーで監督がコーヒー飲んでいて、パッと横目で見て、鼻でフンと笑って終わり。こんな監督なんや、と正直思いましたよ」と苦笑いで振り返った。もちろん、試合では配球などで怒られることは常々。試合中でもベンチで立たされて「お前がバカだから負けるんだ!」と説教を受けた。

 MCの小籔千豊(47)から「褒められることもあったのですか」と尋ねると、古田氏は「野村監督の最上級の誉め言葉はナイスゲーム。試合が終わって1-0で勝ったり、接戦とか投手戦で勝ったら、最後握手するときに、おう、ナイスゲーム。ぐらいです」。野村監督が常々、口にしていたのが「お前ら頑張れ、なんて言っているのは2軍の選手。俺が褒めないということは、お前らを一流と認めていることだ」ということだった。

 そんな野村さんは数々の名言を残してきたことでも有名。「勝ちに不思議な勝ちあり。負けに不思議な負けなし」など、多くの野村語録があるが、なかでも古田氏が印象に残る言葉は「豊富な知識がピンチを救う」だという。

 「人間は生きているとピンチの連続。捕手でいうと、サイン1つずつ出すのもちょっと迷うので、ピンチと言えばピンチで。困ったときに、何が助けてくれるのかというと、やっぱり知識だと」

 そのため準備段階では、常に様々なシチュエーションを想定し、最善策を練ることの重要性を説いたといい、古田氏は「最善の策を常に頭に入れておけば、いざというときにそれが使える。だから準備、知識をしっかり入れておきなさい、と。それで勝って、上に行ける」と、入団1年目に言われ、今でもプロで大切にしてきた言葉として紹介した。

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