槙原寛己氏 思い出に残る伝統の一戦はバックスクリーン3連発、新庄の敬遠球サヨナラ打

[ 2021年5月11日 05:30 ]

伝統の一戦 15日 節目の2000試合

プロ入り2年目初登板初先発を初勝利初完封で飾った巨人・槙原

 「伝統の一戦」。セ・リーグの東西の両雄によって長く激闘が繰り広げられてきた巨人―阪神戦が、15日に東京ドームで節目の2000試合目を迎える。1998試合を終えた現在、巨人が1093勝834敗71分けでリード。歴史に刻まれた熱戦の中から、思い出に残る試合を巨人OBでスポニチ評論家の槙原寛己氏(57)に振り返ってもらった。

 ≪85年4月17日 バックスクリーン3連発≫大甲子園の地鳴りのような歓声とどよめき。今でもはっきりと耳に残っている。2点リードの7回。バース、掛布さん、岡田さんに3連発を打たれた。調子も良かったし、「勝てるぞ」という思いのどこかに隙があった。

 実はバースにはその前の打席で、実戦では初めてシュートを投げて併殺打に打ち取っていた。7回も直球のサインにシュートを投げた。これが変化せず半速球に。3本目、岡田さんに打たれたあたりはあまり覚えていない。とにかく球場が異様な雰囲気だった。

 ≪99年6月12日 新庄の敬遠球サヨナラ打≫この時も、甲子園は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。3連発は21歳の時、今度は35歳の時。若手とベテランで味わった2度の地響きは忘れられない。延長12回、まさか新庄が打ってくるとは思わなかった。投げた瞬間に左足を踏み込んでくるのが見えた。そして私の投球は引っかかって低めに。あれが高めだったら打てなかったと思う。

 ≪83年4月16日 デビュー戦で完封≫今振り返っても巨人―阪神戦は特別だった。特に甲子園での試合。あの空間は野球人にとって思わず背筋が伸びるような、言葉にできないような雰囲気があった。そんな伝統の一戦で私はデビューさせてもらった。1―0。延長10回、145球を投げて5安打完封勝利だった。プロ2年目。プレッシャーもなく、投げたくて仕方がなかった。2年前のセンバツでも登板していた甲子園。無我夢中で、ワクワクしながら投げたのを今でも覚えている。あの一試合がスタート。そして巨人―阪神戦を通じて、プロ野球人生で忘れ難い経験をさせてもらった。

 ≪引退後の思い出の試合は金本の右手一本で放った安打≫槙原氏は現役時代以外で思い出に残る試合に評論家時代に現場で「鳥肌が立った」場面を挙げた。04年7月30日、金本が左手を骨折しながら右手一本で安打。「記録への執念。今のような無観客ではなく、甲子園の満員ファンの声援が支えだったと思う」。金本は8月1日に連続フルイニング出場日本記録を達成した。

 さらに槙原氏は、プロ入り前から「江川さんと掛布さんの対決を楽しみにしていた」。巨人のエースと阪神の4番。82年9月4日の初対決では、初回の初打席で掛布が本塁打を放っている。

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