【内田雅也の追球】「奥の院」から「前線」 現場好きオーナーが発した共闘姿勢の優勝宣言

[ 2021年1月6日 08:00 ]

年賀式であいさつする藤原崇起オーナー兼球団社長(代表撮影)
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 「奥の院」を辞書で引けば、寺社の本堂・本殿より奥にあり、開山祖師の霊像や神霊などを祭った所とある。

 何度か訪れた高野山の奥の院には弘法大師・空海の御廟(びょう)がある。一の橋からは約2キロの奥まった所だ。参道に織田信長、豊臣秀吉や大企業トップなど有名人の墓碑が並んでいた。

 転じて「人目に触れない奥深い所」といった意味になる。阪神のオーナーがいる大阪・野田の電鉄本社会長室や社長室は「奥の院」と呼ばれた。

 普段は本社ビルの中にいて、監督や選手、マスコミやファンの前には姿を見せない。球団社長らに週に一度の定例報告や随時、リポートの提出を義務づけている。ただし権力は絶大で、命令は絶対というのが、阪神の歴代オーナーだった。

 そんな阪神オーナー像からすれば、今の藤原崇起(たかおき)は異色の存在である。「現場」や「人」が好きなのだ。

 若いころ『ドカベン』などの絵をあしらった記念乗車券を発案。作者の水島新司の自宅に足を運んで了解を取り付けた。運転士や車掌、駅長など現場を経験した。労務担当として労働組合との交渉を粘り強く行った。

 オーナー就任直後、2018年12月、祝意と自己紹介の手紙を送ると、達筆な万年筆書きで返信が届いた。「私は何分、根っからの現場育ちですので、新聞社の皆様方に論理的なお話をさせて頂けるかどうか、些(いささ)か不安ではありますけれど……」とあった。

 謙遜もあろうが、口下手だというわけだ。そんな藤原が5日、甲子園での球団年賀式で年頭の言葉を述べた。「みんなで必死になって新しいコロナの後の世界に向けて頑張って参りましょう。その先には必ず阪神タイガースがチャンピオンフラッグを掲げている。そういう形があると私は信じております」。並んだ球団役職員に語りかけた。自らもともに頑張るという共闘姿勢を示した。

 プロ野球の「フロント」には戦地での「前線基地」という意味がある。藤原は昨年12月、オーナー兼任で球団社長に就いた。以来、甲子園の球団事務所に通い、職員たちと対話を重ねていると聞く。奥の院を出たオーナー兼球団社長が発した優勝宣言は職員たちの心に響いたと思いたい。

 野田から甲子園へ、阪神電車の急行なら13分。フロントトップの現場主義で阪神の2021年は明けた。 =敬称略=(編集委員)

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2021年1月6日のニュース