関根潤三さん死去 93歳 大洋、ヤクルトで監督 03年に野球殿堂入り

[ 2020年4月9日 16:26 ]

死去した関根潤三さん(2016年撮影)
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 プロ野球の大洋(現DeNA)、ヤクルトで監督を務めた関根潤三(せきね・じゅんぞう)さんが老衰のため死去したことが9日、分かった。93歳。

 関根さんは法大を経て、1950年(昭25)に恩師の藤田省三氏が監督を務める近鉄に投手として入団。2年目に開幕投手となり、54年には自己最多の16勝をマークした。通算65勝(94敗)を挙げたが、58年に打者に転向。65年に巨人に移籍し、プロ16年目にして初のリーグ優勝と日本一を経験し、引退した。打者としては通算1137安打、59本塁打、414打点で打率2割7分9厘の成績を残した。

 ラジオの解説を経て、70年に旧制中学時代からの親友で広島の監督だった根本陸夫氏の誘いで広島の打撃コーチに就任。75年には長嶋茂雄監督1年目の巨人でヘッドコーチに。球団初の最下位となり、責任をとって2軍監督を務めたのちに辞任。再度解説者となりフジテレビ系「プロ野球ニュース」などでの解説が評判となった。

 82年に大洋監督に就任し、2年目の83年に3位となった。84年で辞任し、87年から3年間ヤクルトの監督を務め、広沢克己、池山隆寛らを育て90年代の3度の日本一に輝いた土台を築いた。監督としての通算成績は6シーズンで780試合331勝408敗41分け。

 2003年に野球殿堂入り。プロ野球史上初の1000安打、50勝を記録、オールスターゲームでも投手と野手の両方でのファン投票選出を記録したのは、14年の日本ハム・大谷翔平と2人だけ。

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