知られぬ努力の長嶋、知られた努力の王――認め合い、磨き合い時代をつくったON

[ 2020年4月9日 08:00 ]

1966年、ベンチ前で素振りをする王貞治(左)と長嶋茂雄
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 【Lega-scene あの名場面が、よみがえる。~ON編~】 昭和、平成の名場面や名勝負を本紙所蔵の秘蔵写真からお届けする新企画「Lega―scene(レガシーン)」。第5回は、ベンチ前でONが並んで素振りをする貴重な一枚です。

「両雄並び立たず」と中国の歴史書「史記」にある。

 センバツ優勝投手から打者に転向した王貞治は3年目まで極度の不振。「王は王でも三振王」というひどいヤジも飛ばされた。

 打撃コーチの荒川博の下、前に突っ込む癖の矯正で「一本足打法」を始めた。日本刀を振り、精神と身体感覚を研ぎ澄まし、芸術的フォームを固めた。

 王は「努力の人」と称される。もちろん、その通りなのだが、荒川に言わせると練習の虫は王より、むしろ長嶋茂雄の方だったという。

 長嶋の打撃は「天才」や「動物的カン」と言われた。だが、実は類いまれな努力型。無安打の夜は食事も取らずに明け方までバットを振ることもあった。

 長嶋は巨人入団時から別格。それ故に「孤高」でもあった。5学年下の王がその高みまで上ってきた。それは長嶋にとって救いだった。ONは互いを認め合い、磨き合った。そして、あの時代に両雄が並び立った。(敬称略)

 ≪1966・9・18 チーム10得点のうち2人で9得点≫1966年、巨人は首位を独走し、リーグ2連覇へ一直線。9月半ばに入ると、焦点はONによる打点王争いに移っていた。18日の中日戦を前に、トップの王が105で、追いかける長嶋が100。試合は、長嶋が2打席連発を含む4打点を挙げれば、王は46号など5打点で、さらに差を広げた。チーム10得点のうち、2人で9打点。ONの存在感をまざまざと見せつけた試合だった。最終的には王が本塁打と打点の2冠に輝き、長嶋は首位打者、最多安打に加え、MVPも獲得。主要打撃部門をONが独占した。

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