センバツ史上初の中止 高野連・八田会長「夢は理解も…教育関係者として健康第一を考えた」

[ 2020年3月12日 05:30 ]

大会中止を発表する(右から)日本高野連の八田会長、丸山大会会長、斉藤大会副会長(撮影・平嶋 理子)                                         
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 日本高野連は11日、大阪市内で第92回選抜高校野球大会の臨時運営委員会を開催し、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今月19日に開幕予定だった大会を中止することを発表した。当初は無観客での開催を目指して準備を進めてきたが、好転しない情勢を受けての決断。球児、関係者らの健康を最大限重視する形で、センバツ史上初の中止を決めた。

 事態を最終局面まで見極め、重い決断を下した。約1時間40分の臨時運営委員会を終え、会見に臨んだ日本高野連の八田英二会長は厳しい表情で言葉を絞り出した。

 「日本高野連の基本的な立場は学校教育の一環であり、選手の健全な心身の発達に寄与すること。その心身に重大な不安が生じている。教育関係者として健康第一を考え、何らかの決断の原点と考える。選手の甲子園出場の希望、夢は理解しているが、原点に返って苦渋の決断をすることになりました」

 最終局面まで開催の道を模索した。4日の臨時理事会後、八田会長は「球児の夢のために、あと1週間、努力を続けたい」と無観客での準備をしていくことを発表。以降、各種の感染対策に取り組んできた。だが、その間に感染者は増加の一途をたどり、球児の宿泊先がある大阪、兵庫でも増加。前日には安倍首相が全国的なイベントの開催自粛をさらに10日間程度、延長することを要請するなど、事態は好転の気配を見せなかった。開幕予定の19日直前まで結論を持ち越す選択肢もあったが、同会長は「選手の気持ちを考えれば、今日決断するのが一番良いと考えた」と話した。

 9日には小倉好正事務局長らが、日本野球機構(NPB)とJリーグの主催する「コロナウイルス対策連絡会議」に出席。知識を吸収すると同時に感染症の専門家にアドバイスを仰いだ。選手一人に1日あたり3枚のマスク配布、消毒液の確保、ベンチ裏や控室へのオゾン脱臭機の設置など、詳細な感染対策を提示。球場などのハード面については評価を得たが、リスクを排除しきるには至らなかった。小倉事務局長は「メール等でもご指導いただいた中でも、まだ不十分な部分があった」と話した。

 1924年に創始されたセンバツは1942~46年に戦争によって中断したが、中止は史上初。球児にとっても、球春を待ちわびるファンにとっても、無念の決定となった。 (櫻井 克也)

 ▽過去の春のセンバツの中止 過去91大会で一度もなし。第2次世界大戦の影響で1942年(昭17)から46年までの5年間は中断の措置を取り、再開した47年は、41年の第18回大会に続く「第19回大会」とした。ちなみに、夏の選手権大会の中止は2度。1918年8月14日から鳴尾球場で開催予定だった第4回大会は、同3日に富山県で発生した米騒動の影響を受け一度は延期に。組み合わせ抽選会も行われたが、終息の見通しが立たずに同16日に中止が決定した。また、41年の第27回大会は地方大会中に戦争が激化。文部省の通達でスポーツの全国的な催しが禁止となり、7月12日に中止となった。

 【大会開催を巡る経過】
 ▽1月24日 選考委員会で出場32校が決定。
 ▽2月19日 高野連の小倉好正事務局長が「今の時点では3月19日の開幕に向けて準備をしている」と明言。
 ▽25日 高野連は予定通り開催する方針に変更はないとする。
 ▽26日 安倍晋三首相は多数の人が集まる全国的なスポーツイベントについて、2週間の中止や延期などの対応を要請。高野連は3月4日の運営委員会で開催方針を話し合うことを確認。
 ▽27日 首相が全国の小中高などを一斉の臨時休校にするよう要請する考えを示す。
 ▽3月4日 高野連は運営委員会と臨時理事会で出場校に無観客での実施に向けて準備を要請することを決定。
 ▽9日 高野連が日本野球機構(NPB)とJリーグが設けた「新型コロナウイルス対策連絡会議」にオブザーバーとして参加。小倉事務局長は「専門家の意見は参考になった。開催の可否は独自で判断する」
 ▽10日 首相がイベント開催自粛をさらに10日程度延長するよう要請。
 ▽11日 高野連が臨時運営委員会を開き、中止を決定。

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