【20年版球界新士録(8)】オリックスドラ5 勝俣翔貴 5年前に指名漏れ…悔しさ糧に磨いた打撃で成長

[ 2020年1月22日 08:30 ]

オリックスのドラフト5位・勝俣
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 日本屈指の名湯、箱根町から初めて誕生したプロ野球選手となった。勝俣は少年時代を懐かしそうに振り返る。「友達の家が保養所で小学校の帰りによく通っていました。近いと逆に旅館の温泉には行かないものであとはスーパー銭湯です」。週1のペースで日帰り入浴。ほのぼのした環境で育ったが、5年前の屈辱が成長させた。

 「悔しい思いで、いっぱいでした。大勢の人が来てくれたのに…。つらかった。あんな思いはしたくないです」。眼光鋭く言葉を絞り出したのは、15年ドラフトのこと。東海大菅生ではエースで4番だった。3年夏にはU18W杯で8試合に出場し、打率・545、1本塁打、12打点。首位打者と打点王の2冠を獲得した実績もあった。複数球団からも調査書は届いていた。2位までに指名されなければ、大学進学を固めていたことも影響したのか…。小笠原(中日)やオコエ(楽天)ら同学年の戦友がドラフト1位で指名される中で吉報は届かなかった。

 「テレビで、みんなの活躍を見るたび“もっとやらないと”と納得するまで打ち続ける練習をしてきました」。国際武道大では内野手に専念。投手兼任だった高校時代は故障防止で避けていた上半身の筋力強化を徹底的に行った。中堅から逆方向へ打ち返すパワーを手に入れ、2年春に首位打者、4年春にリーグ通算100安打を達成。積極性とパンチのある打撃を磨き、はい上がってきた。

 「やっとスタートラインに立てた。打撃でアピールして早く1軍で活躍できるように、ここから頑張るだけです」。その言葉は力強く、たくましかった。 (湯澤 涼)

 ◆勝俣 翔貴(かつまた・しょうき)1997年(平9)7月20日生まれ、神奈川県箱根町出身の22歳。小学1年から野球を始め、箱根中では小田原足柄シニアに所属。東海大菅生では1年夏からベンチ入りし、3年春にセンバツ出場。国際武道大では1年春から4番で起用され、同年の秋から5季連続ベストナイン。50メートル6秒4。1メートル78、84キロ。右投げ左打ち。

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