【内田雅也の追球】黄金色の甲子園は饒舌

[ 2020年1月3日 08:00 ]

甲子園球場の初日の出(2020年1月1日午前7時14分撮影)
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 戦前戦中、1リーグ時代のプロ野球、日本野球連盟の関西支局長を務めた小島善平は克明な日記を残している。当時の模様を伝える第一級の資料である。当時の正月はどうだったのか。

 たとえば<昭和十八年壱月一日 金曜 天候・晴>と1943(昭和18)年元日の様子がある。<十一時、甲子園奉賀式に参列。呉海軍工廠(こうしょう)慰安野球に、年頭、日本野球の使命達成に、大阪を十四時五分発にて出発す。午後九時五十八分、呉着。大毎・柿本支局長等の出迎えを受け、紅葉館に入る。結構なる夜食に呉の銘酒を頂く。二日の打ち合わせ終了>

 2日は広島・呉二河公園球場で戦艦「大和」を建造した呉海軍工廠の野球チームと合同で紅白戦を行った。<敢闘また敢闘。萬余の観衆に最大の満足を与え、充分目的を達成。至れり尽くせりの歓待に選手も喜ぶ>。

 元日に甲子園球場で「奉賀式」に参列した野球人はどんな思いだったろう。すでに選手に出征・入営が相次いでいた。

 甲子園球場で御来光を拝むようになって9年になる。今年も元日の夜明け前、一塁側内野席上段で初日の出を待った。

 午前7時14分、雲が切れ、三塁側アルプススタンド最上段からオレンジ色の光が差した。令和初の元旦、光は新しい時代を祝うように、誰もいない球場内を照らした。

 甲子園球場の歴史を追った玉置通夫『一億八千万人の甲子園』(オール出版)に<建物にも時代の重みがあり、人それぞれの思い出がしみこんでいる>とある。阿久悠作詞の選抜大会歌『今ありて』も<踏みしめる 土の饒舌(じょうぜつ) 幾万の人の想(おも)い出>と歌う。

 土や芝やスタンド……には大正、昭和、平成、令和と時代を超えて、人びとの汗や涙がしみこんでいる。初日(はつひ)に照らされた甲子園。耳をすませば、億万の人びとの声が聞こえてきた。

 小島日記で昔を知り、清澄に、粛然として新年を迎えた。戦後75年でもある。景浦将も西村幸生も……戦火に散った先人の声がする。今の野球人は幸せだ。好きな野球を思う存分できる。

 2020年はどんな年になるだろう。甲子園を本拠地とする阪神タイガースは球団創立85周年を迎えている。苦難、風雪の時代を乗り越えて今がある。黄金色に染まった甲子園で饒舌な土に耳を傾けた。=敬称略=(編集委員)

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2020年1月3日のニュース