阪神ドラ4遠藤、社会人でもプレーした父譲りの才能と努力

[ 2019年12月10日 08:30 ]

虎ルーキーの素顔に迫る 最高峰の舞台にトライ ドラフト4位・遠藤成(1)

父・成人さんがコーチを務める平沢野球スポーツ少年団に所属していた遠藤
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 阪神ドラフト4位の遠藤成内野手(18=東海大相模)は秋田県にかほ市で生を受けた。「物心が付いたときから野球は身近にある存在でした」。とことん野球に打ち込めたのも、父・成人(なるひと)さん(47)の存在が大きかった。期待の大型遊撃手のルーツに迫った。

 成の野球人生の大半は、父・成人さんとともに歩んできたものだった。成人さんは秋田の強豪・金足農OBで、社会人TDKでも左投げの投手としてプレー。成は2歳の時、父がコーチとして都市対抗野球に出場した際に東京ドームへ応援に行き野球と出合った。

 「父さんは野球では厳しいけど家ではとても優しいメリハリのきいた人でした。(野球では)的確なアドバイスをくれるのでやりやすかったです」

 小学3年で平沢スポーツ少年団に入団した。松坂大輔(当時レッドソックス)モデルのグラブを父に買ってもらい、投手としてスタート。小学時代、中学時代のチームでそれぞれコーチを務めた成人さんは「野球に関しては“できる”人間で、周囲から成、成ともてはやされていた部分もあった」と振り返る。

 だが、息子ということもあり成人さんの指導には熱が入った。「野球に関してはかなり厳しく指導していました」と当時を回想するが、成は、野球に関して弱音を吐くことはなかったという。「普通はやめようかな、サボろうかなと思うもんだけど、成は全くそんな様子をみせませんでした。それだけ野球が大好きな野球小僧でした」と認める。

 本荘由利リトルシニアでの中学3年間は火・木・土・日の週4回がクラブチームの練習日だったが、それ以外の曜日も自主的にする練習スケジュールは決まっていた。月曜日はランニング、ウエート、シャトル打ち。水曜日は水泳、金曜日はまたウエート…。自主練習を3年間休まずに貫き通した。

 全体練習でも午前9時開始の練習では必ず7時までには来てバットを振り込み、午後3時までの練習後も誰よりも遅く練習場に残って振り続けた。入団当初からレギュラーとして試合に出ていたという実力はさらに伸び、3年春には4番でエース、主将として全国大会へ導いた。

 それほど猛練習に打ち込めたのは、幼い頃から聖地への強い憧れを持っていたからだ。成人さんは「甲子園優勝校に行きたがっていましたけど、毎年優勝校が代わる度に行きたい高校も代わるので、この子はどこに行くのだろうと思っていました」と笑い、母・道代さん(48)は「周囲の人からは無理だろと冗談半分に笑われても、成はいつも本気で行く気でいました」と懐かしんだ。

 そんな成に願ってもない機会が訪れたのは中学2年の冬だった。東北勢の名だたる強豪からの誘いが相次ぐなか、東海大相模から声をかけられた。同年夏の甲子園大会で優勝した、全国屈指の名門校からのラブコール。断る理由はなかった。「甲子園には当たり前に出られるものだと思っていました。小さいときから甲子園に出たいとずっと思っていたので。迷うことはなかったですね」。聖地への熱い思いを胸に、相模の門を叩いた。(阪井 日向)

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