矢野燿大氏 大豊氏悼む「練習の虫」「手のひらは足の裏みたいだった」

[ 2015年1月20日 08:12 ]

ともにトレードで阪神移籍が決まった大豊氏(左)と矢野氏(右)と吉田監督

大豊泰昭氏死去

 台湾出身で中日、阪神でプレーした大豊泰昭氏が18日午後10時41分、急性骨髄性白血病のため名古屋市内の病院で死去した。1997年に中日からのトレードでともに阪神へ移籍したスポニチ本紙評論家の矢野燿大が、大豊氏を悼んだ。

 トレードで一緒に阪神へ来させてもらった。先輩だけどちょっかいも出せるような人柄でした。とにかく練習の虫。当時のプロ野球選手はヴィトンのボストンバッグを持って遠征に行くんだけど、そこにバットを1本差し込んで。夜中に目を覚ますと、その場でバットを振るほどの人だった。

 特に一本足をしている時は四六時中、右足を上げて。トイレへ行こうが、新幹線に乗ろうが、24時間野球のことを考えていたように思う。手のひらを見せてもらったら、まるで足の裏みたいにゴツゴツしていたことを覚えています。もの凄い数、バットを振っておられたのでしょう。

 現役時代は、広島で中華料理店に連れていってもらったり…。僕が現役を引退してから1、2度会ってお話しさせてもらったけど、名古屋のお店へお伺いすることもできずそれが心残り。闘病は大変だったと思うけど、それでも前を向いて頑張っておられた。年齢も若いしやり残したこと、悔いもたくさんあったと思う。真面目に生きてこられた方がこんなにも早く逝かれて、世の中の切なさというか…。ご冥福をお祈りいたします。

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