革新的方式“北斗の本”が電子書籍の未来を変える?

[ 2017年9月28日 10:30 ]

 人気漫画「北斗の拳」の単行本全巻を収録した“電子本”製作プロジェクトが世界最大のクラウドファンディング「kickstarter」に登場し、注目を集めている。

 その名も「全巻一冊 北斗の拳」。kickstarterの紹介サイトでは「革新的な電子本」との文字が躍る。実際の本に似せて積み重なるページまで再現したA5判閲覧端末の形状や、見開きページも楽しめるよう画面2枚が左右に並ぶインターフェースなど、デバイス面の特徴ばかりが注目されているが、革新的なのはそこではない。購入者にとって本当の意味で、電子コンテンツが“所有物”となる点が革新的なのだ。

 実は、既存の電子書籍サービスでユーザーが購入しているのは、コンテンツの“所有権”でなく“閲覧権”だ。そのため、サービスの閉鎖など運営母体の判断によって、ユーザーが読書不可能となる事態が過去に何度か起きている。閲覧装置そのものにコンテンツがダウンロードされる形式でも所有権を手にしたとはいえない。海外では、アカウントを凍結されて読書できなくなった例もある。

 だが「全巻一冊」で購入するのは、一般的な約200ページの漫画単行本27巻(約5500ページ)にあたる分量が既にインストールされた閲覧端末。ちなみに端末にネット接続端子はなく、購入後に運営元などが干渉することもない。これなら完全に所有権を手にしたといえる。

 もちろん従来の電子書籍がもたらした恩恵は計り知れない。1台のスマホや電子書籍リーダーで多様なコンテンツを楽しめるため、多くの“本”を日々持ち歩けるようになった。保管するスペースを気にする必要もない。ネット販売のため、コンテンツの入手は容易になった。

 一方で、他人に貸しにくいものになっていたことも確かだ。特に個人情報を多く内蔵し、携帯電話であるスマホを長時間、自分の手元から離すことは難しい。その点「全巻一冊」は“回し読み”ができ、周囲と感動を共有できるのも魅力だ。

 今回のプロジェクトを進めるプログレス・テクノロジーズ社によると「北斗の拳の反応次第で、他のコンテンツの“全巻一冊化”も検討したい」という。また、カードのような取り外し式の記憶媒体の導入も視野に入れているという。

 所有権と閲覧権の違いは、トラブルが起きなければ大した問題ではないかもしれない。ただ、作者や出版元が回し読みできる「全巻一冊」をどう考えるかは分からない。“1冊あたり読者1人”の従来方式を利益率が高いと考えるか、回し読みできる「全巻一冊」を新規ファン獲得が望める手段の一つととらえるか?

 漫画好きとしては、見開きで漫画を楽しめるのはうれしい。見開き2ページを想定して描かれたコマ割を1ページずつ読むのは、正直興ざめする。

 漫画家の中にも“読者の目がコマを追う順番を2ページ見開きで設定しているのに、電子書籍ではそれが崩れてしまう”と電子書籍化を拒む人もいる。「YAWARA!」「MONSTER」「20世紀少年」などで知られる浦沢直樹氏や、「はじめの一歩」の森川ジョージ氏らだ。プログレス・テクノロジーズ社によると、出版業界には「そうした巨匠漫画家も“この本なら”と電子化を考えてくれるかもしれない」と期待する声もあるという。

 記者個人としては、単一コンテンツで大量のページ数がある“大作の電子化”には最適のスタイルになるかもしれないと期待している。スイッチ一つで吹き出しの中が英語になるのも面白い。

 「全巻一冊」は目標金額を300万円として13日に資金集めをスタート。1日で1000万円を超える出資金を集め、24日現在で1850万円に達している。来年春以降に、3万7800円で発売予定。出資者は報酬として「全巻1冊」がもらえるシステムで、実質先行予約する形となっている。2万5000円の出資枠は既にいっぱいで、現在2万8000円枠などがある。

 募集は11月11日午後6時で締め切られる。(記者コラム)

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