中嶋常幸がジャンボ尾崎からかけられた忘れられない言葉「その言葉がなかったら、自分も頑張れていない」

[ 2026年3月16日 14:12 ]

2012年、中嶋常幸(左)、青木功(中)と7年ぶりに同組対決が実現した尾崎将司さん
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 都内のホテルで16日に行われたジャンボ尾崎のお別れの会に参列した中嶋常幸(71)は、19歳の時にジャンボからかけられた言葉が今でも忘れられないと振り返った。

 「“体を鍛えるんだぞ。体をつくってこそスポーツ選手だぞ”というのが、一番最初の記憶に残る言葉でした」

 当時のプロゴルフ界は経験と技術が重視され、ジャンボが最初に飛び込んだプロ野球界に比べ、体を鍛えることが、今ほど重きを置かれていなかった。

 「やっぱり、その言葉がなかったら、自分も頑張れていないっていうか、そんなに大した成績も残せていなかったんじゃないかと思う。あの人がいたから、もっとここを強くしなきゃいけないとか、体をつくったり技術をつくったりした。常にゴルフを真剣に考えていた人だから。そういうのを見てきましたから。自分の練習にも生きました」と故人の存在の大きさをあらためて実感しているようだった。

 レギュラー時代には何度も優勝争いを演じたが「大きな壁として立ちはだかってくれたし、その壁も止まっているのではなく、前に進んでいる壁だった。僕らとしては、壁にぶつかっていく。追い越していくという楽しみがありました」と振り返った。

 今でも語り草になっている名勝負は、1988年に東京ゴルフ倶楽部で行われた日本オープン。ジャンボ、青木功、中嶋の実力者3人が優勝を争う展開になり、最終18番でジャンボが70センチのウイニングパットを打つ前に、重圧で2回仕切り直しするほどの死闘になった。結果的に中嶋は青木とともに1打差の2位だった。

 「17番でジャンボが長いバーディーパットを決めて1打差で追いつけなかった。あの試合の迫力、凄さ(は覚えている)。逆にジャンボの(日本オープンの)3連覇がかかった90年の小樽(カントリー倶楽部)で、自分が逆転優勝できたこと。この二つ(が忘れられない)ですね」

 その試合後、ジャンボから握手を求められ「おめでとう、よくやった」と声をかけられた。

 「(ジャンボは負けて)本当に悔しかったと思うんですけど、スポーツマンの鏡ですよね。悔しい中でも相手を称える。その言葉も忘れられないですね」

 昨年12月に闘病中のジャンボを見舞おうとしたが、願いはかなわなかった。

 「(会いに行ったのは)亡くなる前日でしたからね。(長男の)智春君に会って“どう?”と聞いたら“おやじ、頑張ってます”って言われました。そのひと言ですべて分かったんですけど。僕の記憶の中では元気なジャンボしか残っていないので。それ(最後に会えなかったの)は幸いかなとは思っています」としんみりと話していた。

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