ジャンボさん 口は悪いが、振る舞いは優しい 何歳になってもさびない超一流の矜持

[ 2025年12月25日 04:36 ]

尾崎将司さん死去

ジュニア選手を指導する尾崎将司さん(2019年撮影)
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 【スポニチ記者が悼む】

 《「分かったよ、やるよ!」いきなりくれたウエア》ジャンボは筆者より4学年下。世代が近かったこともあり、本音で話すことが多かった。あるときジャンボから「ウエアをプレゼントしてやるよ」と言われた。でも、何日たっても実物が手元に届かない。ある試合でジャンボがホールアウトした時に冗談交じりに「ジャンボはウエアをくれるといつも言うけど、一回ももらったことない」と言ったら「分かったよ。これやるよ!」といきなり着ていた上着を脱いで手渡された。周りの人も驚いていた。ゴルフ界のスーパースターが着用していた生のウエアだから貴重品。昭和のアスリートらしく口は悪いが、振る舞いは優しい男だった。

 優勝した試合の翌日には、習志野にあったジャンボ邸に顔を出した。広い庭には高麗芝とベント芝のグリーンがあり「おう大隅、ちょっと手伝ってくれ」と言われて草むしりを一緒にやったこともある。当時は毎週のように試合があったから、次の試合のコースがベント芝のグリーンなら、自宅のグリーンもそれに合わせて整え、パットの練習をしていた。日々の緻密な努力の積み重ねが、前人未到の国内通算112勝につながったのは間違いない。また一人年下の偉大なアスリートがいなくなって悲しい。 (スポニチOB・大隅潔)

 《偉人への造詣深いからこそ気高く孤独な生き方》ジャンボさんが13年4月25日、つるやオープン初日に達成した国内ツアー初の「エージシュート」は、最上級のエンターテインメントを見ているようだった。1Wで300ヤードをかっ飛ばす。ボールがカップを1周して入ると、おどけたしぐさで観衆をクスリとさせ、イーグルを奪えば代名詞“コブラポーズ”で盛り上げた。技術と興奮と笑いで見る人を引き込み、66歳で「62」という大記録を達成した。

 その日の会見も記憶に残る。偉業に似合わない控えめな喜び。「エージシュートを目指していない。勝つためにやっているんだ」。何歳になってもさびない超一流の矜持(きょうじ)を示した。

 戦国時代や明治維新など歴史ものを好んで読んだ。偉人への造詣が深いからこそ、生き方も気高かった。ジャンボさんのこんな言葉を聞いたことがある。

 「富士山は美しい。なぜか。山が連ならない独立峰だからだ」

 プロ野球選手から転向して成功した唯一無二の歩みだけでなく、シニア出場を拒み続けたのも孤高の極みだ。長嶋茂雄さんに憧れて1Wの重さを333グラムに指定することもあったスーパースターは、「ミスターゴルフ」の称号にふさわしい足跡を残した。 (10~14年ゴルフ担当 倉世古 洋平)

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