尾崎将司さん死去 78歳 S状結腸がん 「ジャンボ」の愛称で親しまれた“規格外”の絶対王者力尽く

[ 2025年12月25日 04:45 ]

97年、中日クラウンズで優勝を決め右手を上げる尾崎将司さん
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 「ジャンボ」の愛称で親しまれ、不滅の記録となるプロ通算113勝(うちツアー94勝)を挙げたプロゴルファーの尾崎将司(おざき・まさし)さんが23日午後3時21分、S状結腸がんのため死去した。親族が24日、発表した。78歳。徳島県出身。葬儀は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。昭和100年にあたる2025年、野球の長嶋茂雄さん、サッカーの釜本邦茂さんに続き「ゴルフ界の巨星」が天国に旅立った。 

 不世出のプロゴルファー、ジャンボ尾崎さんが帰らぬ人となった。約1年前にS状結腸がん(ステージ4)の診断を受けながら、強い希望で自宅療養を続けていた。今月上旬、佐久間朱莉が国内女子ツアーの年間女王獲得の報告に訪れると「今年はよく頑張った」と声をかけ、愛弟子の快挙を喜んだが、容体が悪化し、23日に息を引き取った。

 昨年2月のジャンボ尾崎アカデミーセレクションが最後の公の場となった。当時、腰痛に苦しんでおり、ツアー復帰の可能性を否定。「楽しみは週1回フグを食べること」と笑わせていた。今年2月のセレクションは発熱で欠席。コロナ下の20年以降は外出も減っていた。この日、千葉市内の自宅に併設する練習場は冷たい雨が降り続き人影もなくひっそりとしていた。

 甲子園の優勝投手としてプロ野球・西鉄(現西武)に入団も実働3年で芽が出ず、ゴルフの道へ進んだ。1年ほどの修業でプロテストに合格。1メートル81、90キロの大柄な体で300ヤードを超すパワフルな弾道は規格外だった。ジャンボジェット機になぞらえられ、ニックネームの基となった。

 80年代に全盛期を迎え、賞金王12度は歴代最多、生涯獲得賞金は歴代最高の26億8800万円超え。皮肉やユーモアを織り交ぜた発言、派手なシャツにタック入りのパンツ。勝負どころでパットが決まれば独特な「コブラポーズ」でギャラリーを沸かせ、ゴルフをメジャースポーツへと押し上げた。ライバルの青木功、中嶋常幸とともに「AON」と呼ばれ、時代をけん引した。

 50歳を超えてもシニアツアーに参加せず「やる限りはレギュラーで」と美学を貫いた。55歳だった02年にツアー最年長優勝記録を更新。「感動を与えることが使命」と胸を張った。ツアー通算94勝も断トツ。66歳で迎えた13年つるやオープンではレギュラーツアーで初の「エージシュート」を達成した。まさに記憶にも記録にも残るゴルファーだった。

 初日に腰痛で途中棄権した19年ダンロップ・フェニックスが最後のツアー出場となった。「俺たちは夢を与える仕事。努力を見せて勝っても夢も派手さもないだろう」と最後までスターを演じ切った。“昭和100年”の年の瀬、ゴルフ界の巨星が波瀾(はらん)万丈の生涯を終えた。

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