上野の85球!復活ソフトボール、13年ぶり五輪勝利…福島でコールド発進

[ 2021年7月22日 05:30 ]

東京五輪 ソフトボール   日本8-1オーストラリア ( 2021年7月21日    福島県営あづま球場 )

<日本・オーストラリア>力投する上野(撮影・会津 智海)
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 新型コロナウイルスの感染拡大で史上初の1年延期となった東京五輪は21日、開会式(23日)に先駆けて福島市の福島県営あづま球場で、3大会ぶりに五輪に復帰したソフトボールがスタートした。日本代表のエース上野由岐子(39=ビックカメラ高崎)は4回1/3で85球を投げ、2安打1失点、7三振。打線も3本塁打でオーストラリアを圧倒。8―1の5回コールドで、08年北京大会に続く金メダル獲得へ好発進した。

 前回五輪から13年がたっても、上野は上野だった。先発で4回1/3を投げ、7三振を奪った。パフォーマンスだけなら、金メダルを獲った26歳の08年北京五輪と遜色がない。しかし、精神状態は違う。落ち着いている。むしろ、38歳の今は落ち着きすぎていた。

 「興奮しすぎないように抑えて、抑えて、投げ急がないようにと思っていた。厳しく投げすぎちゃったかな」

 初回の先頭打者をボテボテの内野安打で出した後、3番には丁寧にコースを突きすぎて四球を与えた。4、5番は連続死球で押し出し。先制点を許した。ここで冷静に状態を見極め、考え方を変えた。

 「データにとらわれずに打者を見て、感じるままに、勝負するところは勝負する投球に変えたことで、2回以降に立ち直れた」

 テーマを「慎重」から「大胆」に変更し、奪三振ショーが始まった。3、4回だけで5K。初回に、3四死球を与えながらもオーストラリア打線の内角をえぐり続けたことが伏線になり、外の変化球が面白いように決まった。打線からは3本塁打の援護を受けた。北京大会決勝以来、4717日ぶりに、五輪で白星をつかんだ。

 延期が決まってからの1年、長かった。冬場から過去にない数の球を投げた努力が、水の泡になった。年齢的に1年の重みを誰よりも感じていた。プラス材料があったとすれば、19年4月の顎の骨折の際に埋め込んだプレートを除去したことぐらい。緊急事態宣言下は「普段トライできないオンラインでヨガやトレーニングを受けて、時間を有意義に使えた」と語りながらも、心の穴を埋めきれずにいた。

 20年7月22日、上野は福島県営あづま球場にいた。コロナ禍がなければ、その日、その場所で東京五輪が始まったはずだった。関係者の計らいで場内に入り、誰もいないグラウンドで1人、ボールを投げた。その前日には、東日本大震災で津波の被害を受けた町も訪れた。目で、足で、肌で被災地の今を感じた。「復興五輪」の意味を自分なりに解釈した。心の霧が晴れた。

 1年待って訪れた「福島での開幕戦」は、三振の山を築いても、拍手や声援は味方から上がるだけだった。会見で「無観客は寂しい」と漏らした。「だけど」と続けた先に、昨年の福島訪問で導き出した答えがあった。

 「何かを伝えられるようにただ必死に、がむしゃらにやるだけ」

 22日が39歳の誕生日。年齢を重ねても、決勝までの2日間3試合、413球を1人で投げ抜いた13年前と同じ「熱」を、今も持ち続けている。

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