山県の日本新記録 背景にあった指導の原点は「逆上がりのできない子」だった

[ 2021年6月9日 07:00 ]

メダル獲り極意「五輪書」―慶大の高野大樹短距離コーチ

陸上の高野大樹コーチ
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 剣豪・宮本武蔵の兵法書「五輪書」にちなんで、五輪競技の指導者のモットーを紹介するこの企画。今回は、陸上で2人の日本記録保持者を指導する慶大の高野大樹短距離コーチ(32)に、「力を引き出す極意」を聞いた。

 高野コーチは聞き上手だ。選手に尋ねることから指導が始まる。6月に陸上の日本記録を出した男子100メートルの山県亮太にも、女子100メートル障害の寺田明日香にも、慶大生にも接し方は同じ。フォームの課題や感覚を聞き、解決策を提示する。

 「練習内容は普通です」と謙そんした後にこう続ける。「その普通を本当にできるようになるかが大事」。狙い通りの動きをさせるために、選手とコミュニケーションを取り、十人十色のメニューを作る。考えや理論の押しつけをせず、個の力を引き出してきた。

 「まず聞く」の原点は、埼玉大での学生生活にある。ゼミで「学内で小学校教員を目指す学生全員に、逆上がりを覚えさせる」というプロジェクトをした。教員採用試験の実技で、同窓生にいい点を取ってもらうためだ。

 1年に数人、人生で1度も回ったことがない学生に出会った。学生の高野さんは、持てる限りの知識で教えた。だが、「逆上がりの原理原則を知っているのに…」、1カ月経ってもうまくいかない。「オレが教えようか」。たまりかねた教授が乗り出す。すると、できる。何度も何度も、がく然とさせられた。

 何が違ったのか。

 「僕は、もう1回がんばろうとか、手を強く引いてみようとか、技術的なことを伝えていた。でも、それはできる人の言葉であって、21年間できない子には響かないんです。先生は、どんな感じ?って、悩み相談から始める。じゃあ、この感覚ならどう?って、できない子でもピンときそうな言葉を伝えるんです。相手に、次はできそう、と思わせることが1番のコーチングだと思いました」

 埼玉大大学院を出て、高校体育教師になった。結婚し、長女もできた。しかし、28歳の18年にプロコーチに転身する。学生時代から指導するパラ陸上の高桑早生を、平日も教えるためだった。指導が評判を呼び、山県、寺田らとつながった。110メートル障害を専門とした選手時代は実績を残せなかったが、コーチとして花開いた。

 様々な障害を持つ4人で走る「ユニバーサルリレー」の日本代表コーチも務める。パラ選手との出会いでも痛感した「1人1人に合ったオーダーメイド指導」の大切さを胸に、選手の声に耳を傾ける。(倉世古 洋平)

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