元幕内・豊響が引退 指導者の道へ「今後は、気持ちの強い力士を土俵に上げたい」

[ 2021年6月9日 14:27 ]

引退会見する元豊響(代表撮影)
Photo By 代表撮影

 大相撲の元幕内で、このほど年寄「山科」襲名した豊響(36)=本名・門元隆太、境川部屋=が9日、オンラインで会見し、「厳しい世界でいろいろと頑張ってきたとことが思い浮かびます。16年間、いろんな人に応援してもらって、有り難さを感じた。そういったものは力士にならならいと経験できなかった」と話した。

 幕内在位52場所で最高位は東前頭2枚目。敢闘賞を3度受賞し、通算成績は569勝565敗66休。18年春場所に幕下転落後は関取に復帰できず、今年初場所からは3場所連続で全休していた。「幕下に落ちてからもなかなか思うような相撲が取れず気力がなくなっていき、決断した」と引退の経緯を明かした。

 山口・響高(現下関北高)相撲部で活躍後、造船所勤務やトラック運転手などの仕事を経て05年初場所で初土俵。同期には同部屋で元大関の豪栄道(現武隈親方)、元関脇の栃煌山(現清見潟親方)、隠岐の海ら、そうそうたる面だったが、07年名古屋場所で新入幕を果たした。

 強烈なぶちかましからの押しが武器。横綱・琴桜を彷彿させたことから「平成の猛牛」とも呼ばれた。08年秋には左目に網膜剥離を患っても持ち前のスタイルは失わず、12年夏場所では横綱・白鵬から自身唯一の金星を獲得。その一番を勝負審判として見守っていた師匠の境川親方(元小結・両国)の目の前での勝利に、勝ち名乗りを受ける時から男泣きしたシーンは印象深いものだった。会見でも16年間の力士人生で思い出に残る1番に挙げた。同席した師匠から「入門から一度も変化をしなかったと思う。その姿勢を貫いたのは立派。今度は令和の猛牛を育ててほしい」とエールを送られ「20歳で入門して2年で(幕内に)上がれて人生が変わった。本当に境川部屋に入って良かった。今後は、気持ちの強い力士を土俵に上げたい」と指導者としての抱負を語った。

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