バドミントン桃田賢斗 大事故を経て命の重さ実感 福島で示した五輪への覚悟「一番上のメダル獲る」

[ 2020年9月26日 05:30 ]

2020+1 DREAMS

今年7月、福島県の母校ふたば未来学園で個人合宿を行った桃田。後輩から横断幕を贈られ笑顔(※本人のインスタグラムから)

 【THE STORY 飛躍の秘密】あと300日となった東京五輪へ向け、バドミントン男子シングルス世界ランキング1位の桃田賢斗(26=NTT東日本)の復活が近づいてきた。今年1月に遠征先のマレーシアで交通事故に巻き込まれて負傷。事故後に2度訪れた第二の故郷・福島県でのエピソードから、復帰への道しるべに迫った。

 練習復帰を果たしたばかりの3月中旬、桃田は福島県にいた。目的は富岡一中、富岡高時代に指導を受けた恩師へのあいさつ。ふたば未来学園中、高として再出発した同中の斎藤亘(48)、同高の本多裕樹(35)の両監督に久々に顔を見せた。

 双葉郡広野町にある校舎の近郊にあるJヴィレッジで食事しながら、マレーシアでの事故や回復状況を報告。顔に痛々しい傷が残る桃田を見た恩師2人は「命があってよかった」と気遣った。私服姿の桃田は実感を込めながら答える。「命があるからこそ、バドミントンを頑張りたいです。練習できる状態まで回復しました」。全てを受け入れ、前向きに歩きだしていた。

 後輩にあたる生徒たちの前にサプライズで登場。尊敬するイチロー氏の名言「毎日の積み重ねが一瞬の奇跡を呼ぶ」を引き合いに練習への姿勢について助言した。わずか数時間の滞在だが、有意義な時間。帰り際には恩師に約束した。「東京五輪では一番上のメダルを獲ります」――。寡黙な男の決意だった。

 その後、運命は巡る。五輪延期が決まり、復帰戦のメドも立たない7月。桃田は再び福島に出向いた。練習環境を変えて刺激を入れたい本人の希望もあり、ふたば未来学園で個人合宿。13~18日の6日間、汗を流した。「前よりも強くなったと思います」。そう言って現れた桃田の上半身は、磨きが掛かっていた。右の肩口に事故の傷痕が残るが「こんなに筋肉質だったのかと」(斎藤監督)。課題の攻撃力を克服するため、コロナ禍で重点的に行った上半身の肉体強化が実を結んでいた。

 練習メニューはシンプル。午前午後に分け、中高生全員とひたすらスパーリング。1人1ゲームで40ゲーム以上こなし、全員にアドバイスを送った。その前後のメニューも自分で考えて消化。本多監督は「一つ一つ取り組む練習の精度、スピードや球筋が凄い。ここまでやるのかと」と振り返り、斎藤監督も「やたら新しくて難しい練習をするわけではない。基本の練習の質がとことん高かった」と語った。トップランカーとして勝負のコートに戻る自覚が、恩師たちにも伝わっていた。

 衝撃の事故から8カ月がたつ。静かに準備を進めてきた桃田は言う。「(事故が)起きてしまったことはしょうがない。あれがあったからダメなんだと言い訳はしたくない」。雌伏の時を経て、心身共にタフになった王者が帰ってくる。

 ≪10月にワールドツアー再開 国内は12月に無観客で≫新型コロナウイルスの影響で3月の全英オープンから中断していたワールドツアー(WT)は、10月13日開幕のデンマーク・オープンから再開される。日本協会は同大会に日本代表を派遣すると発表。国内大会では、12月22日から全日本総合選手権が無観客で開催される。11月に3週連続で開催予定だったアジアでのWT2大会とWTファイナルは来年1月にタイで実施。日本代表強化合宿は3度中止され、今月1~10日に6カ月ぶりに行われた。来年1~5月のWTは東京五輪選考レース対象大会となるが、桃田をはじめ日本有力選手は五輪切符を確実にしている。

 ◆桃田 賢斗(ももた・けんと)1994年(平6)9月1日生まれ、香川県三豊市出身の26歳。7歳で競技を始め、富岡一中、富岡高を経て、13年にNTT東日本入社。中高とも全国優勝を経験。18、19年世界選手権連覇。19年に史上初のワールドツアー11勝、年間獲得賞金50万ドル超え。名前の由来はコミック「スーパーマン」の主人公クラーク・ケント。1メートル75、72キロ。左利き。好きな食べ物はグミ。

 ≪事故からの道のり≫▽1月13日 遠征先のマレーシアで桃田の乗るワゴン車が高速道路で大型トラックと衝突。2列目に乗っていた桃田は顎部(がくぶ)、眉間部、唇の裂傷と全身打撲と診断。大量出血した眉間は現地で縫合手術。

 ▽同15日 成田空港に緊急帰国。眉間部に痛々しい傷が残る。都内の病院に検査入院。

 ▽同17日 都内の病院を退院。精密検査の結果「身体面に異常なし」の診断。休養に入る。

 ▽同20日 日本代表の朴柱奉(パク・ジュボン)ヘッドコーチ、中西コーチが取材対応。2月3日からの日本代表合宿に桃田を招集し、状態を見極める方針を明かす。

 ▽2月3日 味の素ナショナルトレーニングセンターの日本代表合宿に合流。

 ▽同4日 別メニューで練習した際に「シャトルが二重に見える」と違和感を訴える。5日に合宿を離脱。

 ▽同7日 専門病院で目に特化した検査を受け、右目の眼窩(がんか)底骨折が判明。

 ▽同8日 保存治療とてんびんにかけた結果、手術に踏み切り、全治3カ月と診断。

 ▽同13日 午前に退院。香川県内の実家でしばらく静養。

 ▽同29日 27日の診断で問題なく、NTT東日本のチーム練習に復帰。

 ▽3月6日 NTT東日本で会見し、事故後初めて語る。「東京五輪で金メダルを」と宣言。

 ▽同25日 東京五輪延期について「より一層練習に励んでいきたい」などとコメント。

 ▽6月26日 オンライン取材で右目について「98%くらい前と同じように見える」と状態を明かす。

 ▽7月13日 18日まで福島県で個人合宿。

 ▽同23日 東京五輪1年前でコメントを発表。「今僕ができることはコートに立ち結果を出すこと」などと語った。

 ▽9月1日 10日間の日本代表合宿に合流。7カ月ぶりの代表活動復帰となった。

続きを表示

この記事のフォト

「羽生結弦」特集記事

「NBA」特集記事

2020年9月26日のニュース