追悼連載~「コービー激動の41年」その34 父親代わりのウエストの壮絶な人生
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】NBAのロゴマークのモデルとなり、コービー・ブライアント獲得に尽力した元レイカーズのスター選手、ジェリー・ウエストは13歳だった1951年6月8日、学校から家に帰る途中に声をかけられたが、その人物が誰だったかは記憶にないという。「お前の兄さんが死んだんだってさ」。ただ言葉だけは記憶に刻まれている。それは残酷な知らせだった。兄とは、朝鮮半島に出兵していた10歳年上で6人いた「ウエストきょうだい」の次男でもあるデビッド。家族とはコミュニケーションを交わさず、暴力さえふるった父ハワードにかわって面倒を見てくれた父親代わりの兄だった。
「ウソだ!」。ウエストは絶叫。事実を受け入れようとはしなかった。しかし第35歩兵師団に所属し、戦火の中で仲間を助けて表彰されていたデビッドは21歳でこの世を去った。最初にこの事実を知ったのは郵便局に勤めていた長兄のチャーリーと、長女パトリシアの夫で鉄道員だったジャック、そして婦人郵便局長を務めていた叔母のケイト。なぜなら戦死の一報は電報で伝えられたため、郵便局と隣接する鉄道の駅にいる人間には必然的にその情報が早く届く。そして悲報はたちまち小さな町に広まった。
デビッドはウエスト家の「星」だった。バスケットボールの選手としては抜きんでた才能はなかったが、誰もが除隊後は地域のリーダー的存在になると確信していた。母セシルは1991年4月10日に85歳で亡くなっているが、認知症となっていた晩年にはウエストのことを「ジェリー」ではなく「デビッド」と呼んでいたほど。戦死の一報が入ると、まだ4歳だった末っ子、三女のバーバラ以外は涙にくれた。もし父ハワードにそれなりの経済力があって、デビッドにバスケの奨学生以外でも進学の道があったら確実に運命は違っていただろう…。ウエストは今でもそう信じている。人生の岐路。そこに立ったデビッドには過酷な選択だった。
一報が入ってから半年が経過した1951年の12月14日。星条旗をかけられた棺を載せた汽車がウエスト・バージニア州チェリアンの駅に到着。2人の兵士が同伴していた。そしてその2日後に葬儀。当時、化学薬品会社に勤務していた父ハワードは顔を真っ黒にして帰宅してきたが、棺を見ても何も話さなかった。父に従属的な母セシルはその行為を許したが、デビッドが父代わりだったウエストは許せなかった。無言は家族に対する軽蔑に等しい。憎しみだけがこみ上げてきた。
デビッド以外のきょうだいはウエストを除けば、決して恵まれた人生を歩んだとは言えない。何かが欠落し、何かに困る生活だった。次女で姉のハンナの最初の結婚生活は21歳で終わり、お金もないのに小さな娘を抱えてしまった。2番目の夫との間には3人の子どもがいて、1人は2歳で病死している。結婚は3回。高校時代の同級生が3番目の夫となった。
そのハンナの長男の名はデビッドと命名されている。家族全員がデビッドの存在を誰よりも大きく感じていた。ハンナの孫によれば、現在に至るまで彼女は父ハワードのことを一度も家族に話していないという。理由はわかる。楽天家だった彼女は実は知能指数(IQ)が136もあった。どこの大学にも進学できたはずだ。しかしハワードにハンマーで何度も殴られ、それがトラウマになって勉強ができなくなった。
その後、ウエストはハンナの末っ子ジョナサンにこう告げている。「ハンマーを使ったのを見たので私はキレた。だから“You son of a bitch(このクソッタレが)”と吐き捨てたんだ。姉を孤独にさせた最低の人間さ。短気でやり方が汚い」。とても子どもが父を語る言葉ではない。しかしそれが「ウエスト家の真実」だった。
その後、ウエストは大学でもNBAでも花形選手となる。188センチのガードだったが、土壇場になると気力と根性で?シュートをねじ込んだ。得点王となり、ファイナルでも優勝を飾り、MVPにもなった。昭和の日本のプロ野球ならば長嶋茂雄だった。ブライアントはウエストの現役時代を見てはいないが、「彼のようになりたい」と何度も思ったはずだ。ただ、その2人のスーパースターの人生はあまりにも異なっていた。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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