羽生結弦、男子初“スーパースラム”への歩み

[ 2020年2月9日 15:32 ]

羽生結弦(左上から時計回り)13年グランプリファイナル、14年ソチ五輪、14年世界選手権、20年四大陸選手権男子フリー
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 男子の羽生結弦(ANA)が合計299・42点で、初優勝を飾った。ジュニアGPファイナル、世界ジュニア選手権、GPファイナル、世界選手権、五輪を制した黄金キャリアに唯一、足りなかったタイトルが加わった。男子初となる、ジュニアも含めた主要国際大会完全制覇の“スーパースラム”達成の歩みを振り返る。

 ▽ジュニアGPファイナル 09年12月、国立代々木競技場で戴冠。SPは69・85点で3位だったが、フリーで136・92点をマークして逆転を果たした。日本男子としては05年大会の小塚崇彦以来、2人目の優勝だった。

 ▽世界ジュニア選手権 初出場の09年大会は12位。1年で急成長を遂げ、10年大会で金メダルを獲得した。SPは68・75点の3位も、フリー1位の147・35点で逆襲。日本男子としては高橋大輔、織田信成、小塚崇彦に次いで4人目のジュニア世界王者となった。

 ▽GPファイナル ソチ五輪開幕を約2カ月後に控えた13年12月、黄金のポテンシャルを見せつけた。SPで99・84点の世界最高得点(当時)をマークして首位に立つと誕生日前日、18歳最後の演技となったフリーも1位で合計293・25点は世界歴代2位(当時)。世界選手権3連覇中のチャン(カナダ)に勝利し、頂点に立った。日本男子としては12年大会の高橋大輔に続いた。羽生は16年大会まで史上初となる4連覇を飾る。

 ▽世界選手権 初出場の12年大会でいきなり銅メダルを獲得。14年3月、五輪王者として、さいたまスーパーアリーナで黄金の勲章を手に入れた。SPは91・24点の3位だったが、フリー1位の191・35点で合計を282・59点とした。日本男子は10年大会の高橋大輔以来となる優勝で、羽生は17年大会はSP5位から大逆転して2度目の優勝を飾った。

 ▽五輪 初出場の14年2月のソチ五輪では団体のSPで好演技を披露。個人戦ではSPで101・45点と国際大会公認では史上初の100点超えで首位発進。フリーも1位の178・64点で合計280・09点とし、日本男子初の金メダルを獲得。18年2月の平昌五輪は右足首負傷のため約4カ月ぶりの実戦となったが、SP111・68点、フリー206・17点、合計317・85点で66年ぶりに連覇を達成した。

 ▽四大陸選手権 11、13、17年と全て2位。20年2月の今大会ではSP「バラード第1番」、フリー「SEIMEI」と平昌五輪の黄金プログラムに戻し、合計299・42点で初優勝。主要国際大会コンプリートで、フィギュア史に金字塔を打ち立てた。

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