努力は経験を超越する プロップ歴浅い中島とヴァルが見せた驚異的成長

[ 2019年10月1日 12:02 ]

ラグビー日本代表練習 ダッシュする(左から)ラファエレ、ツイ、中島、レメキ、ヴァル、田中(撮影・久冨木 修) 
Photo By スポニチ

 9月28日のアイルランド戦。試合後、ピッチのあちこちで喜び合う選手やスタッフの様子を双眼鏡から覗いていた中で、印象的なシーンがあった。長谷川慎スクラムコーチが、自分よりも大きなプロップの中島イシレリとヴァル・アサエリ愛の2人を、目いっぱい手を広げて抱き、顔をくしゃくしゃにして喜んでいるシーンだ。

 今大会、5人が選ばれているプロップの中で、2人は同学年の30歳で最年長。だがプロップ歴で言うと、昨年12月に転向した中島は1年に満たず、15年にFW第3列から転向したヴァルも、ようやく4年になろうとするところだ。天理大入学後に同じようにプロップに転向した23歳の木津悠輔よりも、その経歴は短い。

 中島はトンガでの高校時代まではプロップで、同国のU15代表では中島がフロントロー、ヴァルがバックローとして一緒にプレーしている。だがほんの1年前までは、国際レベルはおろか、トップリーグでもスクラムの最前線で体を張った経験はなかった。

 日本代表に初選出されたのは、昨秋。好調な神戸製鋼のNo・8として頭角を現し、ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)の目に留まった。初キャップは途中出場のニュージーランド戦で、英国遠征でのロシア戦でも途中出場を果たした。かつては150キロもあったという巨体が秘めるパワーはワールドクラス。ただ、FW第3列としてタックル成功率は物足りなかった。このままではW杯代表入りは厳しい。だがそのパワーは捨てがたい。ジョセフHCは悩んだ挙げ句、長谷川コーチに問いかけた。「あいつをプロップにできるか」。

 そう問われたら、答えは一つしかない。一つだけ出した条件が、「チームでもプロップをやること」(長谷川コーチ)だった。ジョセフHCは神戸製鋼のウェイン・スミス総監督に連絡。快諾を取り付け、今年1月のカップ戦でプロップデビューした。2月から始まった代表合宿では一貫して1番でプレー。「ご飯食べる量はフリー」と歓迎したが、連日見せるげっそりとした表情は、他の誰よりも苦労している様子が見て取れた。

 記者会見に出てくる長谷川コーチは、プロップ経歴が短い2人を危惧する声に「(試合で)どうでしたか?」と逆質問することが多い。2人の成長を間近で見てきたからこそ、そして中島に関してはジョセフHCから大きな宿題を渡され、心血を注いで育ててきたからこそ、精いっぱいの反論が逆質問の中ににじみ出る。長谷川コーチ自身、高校、大学とプロップとフッカーを行き来しながら、サントリー入社2年目に再びプロップに転じ、2年後の97年に代表初キャップを獲得した経歴を持つ。経験は大切。だが努力はそれを超越する。きっと、そう言いたいに違いない。

 3人で抱き合ったシーン、ヴァルは「慎さんがうれしくて(抱いてきた)。“良かったね”と、2人とも褒められました」と振り返った。3人のW杯は、まだまだ続く。(阿部 令)

続きを表示

この記事のフォト

2019年10月1日のニュース