太田会長が先導するフェンシングの“脱マイナー” 日本の、世界の意表を突け!

[ 2019年2月6日 09:30 ]

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改革を進める日本フェンシング協会の太田雄貴会長
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 マイナー競技からの脱却を目指し、フェンシング界がさまざまな改革を行っている。男子フルーレの五輪2大会連続メダリストで、17年8月に日本協会のトップになった太田雄貴会長(33)が先導役だ。現役時代にライバルだった福田佑輔氏(37)を強化本部長に起用したほか、大会運営の見直し、外部人材の登用…。20年東京五輪での成功はもちろん、20年以降の“ポスト東京”も視野に入れて攻めの手を打ち続ける。

 太田会長の誕生から1年後の18年8月、福田氏が強化本部長に就任した。太田会長から「お願いします」と打診されたが、決断までに約1カ月を要した。「まだ早いと思ったけど、目の前にいる会長の方が若いんで」。女子フルーレのコーチから、強化責任者へ。31歳で協会トップになった太田会長に続き、当時36歳という異例の若さでの抜てきだった。

 福田強化本部長は直接、選手を指導するのではなくフルーレ、エペ、サーブルの各種目のヘッドコーチを束ね、強化全体のマネジメントを担う。東京五輪での目標は金メダル1つを含む複数メダルの獲得。「ヘッドコーチに指導は任せて、日本のチームとしてどう戦っていくか。種目の垣根を越えたチームづくりをしていきたい。チームワークがすごく大事なので」と強調する。

 昨年12月、全日本選手権を終えた各種目の代表選手が静岡県沼津市に集まった。2泊3日の合宿でディスカッションを行い、全員で目標を共有。最終日には全種目の男女選手が参加する団体戦も行った。08年北京五輪前までは全体での合宿が行われていたが、ここ10年では初の試みという。福田強化本部長は「今までは縦割りの強化だった。各種目で完結しているのをなくしていきたい」と意図を説明した。

 太田会長と福田強化本部長は現役時代、遠征でも同部屋が多く家族よりも長い時間を過ごした。「同じフルーレで年が近いとか、そういうので起用したわけじゃない。僕はむしろ身内に厳しい」と笑う同会長は、「普及育成もやってほしい」と期待。もちろん、福田強化本部長も使命は理解している。「24、28年五輪に向けていい人材を発掘して、どうアプローチしていくかも大事」と自国開催の夢舞台以降も見据えた。

 太田会長には忘れられない光景がある。12年ロンドン五輪の団体で銀メダルを獲得した翌年、13年6〜7月の全日本選手権。男子フルーレ決勝は、千田健太と三宅諒の銀メダリスト対決になった。注目されるはずの一戦だったが、国立代々木競技場に観戦に訪れた観客はわずか150人。「これでは生き残っていけない。この景色を変えなければ」という危機感が、大会改革の原点だった。

 会長1年目の17年12月の全日本選手権(駒沢体育館)から“太田色”を前面に打ち出した。「新しいことを21個やりましたからね」。これまでは分散されていた各種目の決勝を1日に集約し、得点時に床が光るLEDパネルも導入した。決勝当日は観衆約1600人。悲劇的だった国立代々木競技場と比較すると10倍以上だった。

 17年の客単価は1000〜1500円程度だったため、18年は収益化を推し進めた。決勝は体育館ではなく、劇場の東京グローブ座で開催。客席は約700だったが、「6000円くらいのチケットが発売から40時間で完売した」と太田会長は胸を張る。1月の高円宮杯ワールドカップ(港区スポーツセンター)は「もうちょっと観戦を自由にしてもいいんじゃないか」との考えから、入場無料でピスト(試合場)を観客が立って取り囲むというスタイルを取り入れた。

 太田会長は18年の全日本選手権直前に国際連盟(FIE)の副会長にも就任。東京五輪のフェンシングは千葉・幕張メッセで行われる。FIEでも要職を担うことになり、会場演出などにも関わることが可能になった。フェンシングが行われるのは20年7月25日〜8月2日。9日間の日程を満員にすることが、人気拡大につながると信じている。

 強化本部の刷新や大会運営の改善にとどまらず、太田会長は組織の改革にも乗り出している。「関係者だけで終わらせようとしているから、うまくいきにくい」。競技の出身者が協会や連盟内で要職を占めるのは、どのスポーツ団体にも共通して言えることだったが、同会長は臆せず切り込んだ。

 目を付けたのが国が普及、促進を図っている副業・兼業だ。転職サイトの「ビズリーチ」とタッグを組み、副業・兼業限定で経営戦略アナリストらを公募。1127人が応募し、太田会長自ら多い時には1日で15人の面接を実施した。「選ぶのはプレッシャーだったけど、改革がより前に進んでいる印象だった」と振り返る。

 強化副本部長には、日本コカ・コーラで東京2020オリンピックゼネラルマネジャーを務める高橋オリバー氏を任命した。外部人材の強化要職への登用は異例。具体的なプランはこれからだが、高橋氏は「20年以降、30年、40年のロードマップを描いていきたい」と意欲を見せる。また、日本協会はスポーツ庁の「スポーツイノベーション推進事業」を受託。レジャー体験などの予約サイト「asoview!」とタッグを組みフェンシングの体験プログラムや太田会長との対戦イベントなどを企画中だ。

 太田会長が男子フルーレ個人で銀メダルに輝いた北京五輪から、10年以上が経過した。「メジャーになると信じて疑わなかった」と言うが、競技人口は約1500人増えただけ。現在、約6000人にとどまっており、10年以内の5万人到達を目指す。日本協会のスローガンは「突け、心を。」――。東京五輪は大目標ではあるが、通過点でもある。果敢なアタックを続けた先に、明るい未来が待つ。

 ▽五輪とフェンシング アテネで開催され、近代五輪の第1回大会となった1896年から継続して採用されている。種目は手足を除く胴体が有効面となり、攻撃は突きのみの「フルーレ」、有効面は全身、攻撃は突きの「エペ」、上半身が有効面で突きに加えて切ることも認められる「サーブル」がある。20年東京五輪では男女各3種目で団体と個人が実施される。

 ◆太田 雄貴(おおた・ゆうき)1985年(昭60)11月25日生まれ、滋賀県出身の33歳。同大卒。2008年北京五輪で日本フェンシング史上初の銀メダルを獲得。12年ロンドン五輪では男子フルーレ団体で銀メダル。2020年東京五輪の招致活動ではプレゼンターを務めた。16年のリオデジャネイロ五輪を最後に引退。17年8月に日本フェンシング協会会長就任。妻はTBSの笹川友里アナウンサー(28)。1メートル71。

 《日本の開催国枠、個人で8人分》東京五輪の出場権は今年4月3日から20年4月4日までの国際大会のポイントで決まる。団体の枠は8で、国別世界ランクの上位4チームが決定。5〜16位のチームのうち大陸別(アフリカ、米、アジアオセアニア、欧州)の最上位各1チームが出場する。団体で出場権を得ると、個人にも最大の3人エントリーが可能。日本には個人で8人分の開催国枠があり、強化本部がメダル獲得の可能性が高い種目や個人に分配する。

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