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【井原正巳 我が道24】加茂監督解任は選手にも責任 3戦連続の引き分けでサポーターが暴走

[ 2025年7月25日 07:00 ]

アウェーのカザフスタン戦で引き分けに終わり、試合後に加茂監督が解任された
Photo By スポニチ

 W杯最終予選の大きなヤマ場が、アウェーのカザフスタン戦とウズベキスタン戦だった。ここで勝ち点をどれだけ積み上げられるかだったが、10月4日のカザフスタン戦は1―0のリードを終盤に追いつかれて、1―1で引き分けた。何度も決定機があったが決めきれず、終盤に少し気が抜けたようなところがあって失点した。それでもアウェーで勝ち点1を取り、「まだチャンスはある」と思いながらホテルに戻った。だが、何だかざわざわしていた。長沼健会長から選手に集合がかかり、ミーティングルームに集まると、「加茂周監督を更迭して、岡田武史コーチに監督をやってもらう」と監督の交代が伝えられた。

 95年11月の加茂監督の解任騒動の時もそうだったが、こうなったのは「自分たち選手にも責任がある」と思ったし、「時間がないが、しっかりやろう」と気持ちを切り替えるしかなかった。岡田さんも「俺がやるから付いてきてくれ。付いて来られないなら、ここで帰ってもらってもいい」と話した。私は何としてもW杯に行きたかったし、最後まで諦めるつもりはなかった。

 W杯最終予選の期間中に日本代表監督が交代したのは、日本サッカーの歴史の中で初めてだったが、日本サッカー協会も「何かを変えなければ」という決意が見えた。ウズベキスタンに移動し、11日の試合に備えた。とにかく練習がきつかった。「ウズベキスタン戦で走れなくても知りませんよ」とフィジカルコーチのフラビオに言ったぐらいだが、岡田さんの思いは伝わってきた。

 試合は前半31分に先制されたが、後半44分に私のロングパスから途中出場の呂比須ワグナーが頭でそらしたボールが決まり追いついた。カザフスタン戦と同じ1―1の引き分けだったが、追いつかれての引き分けと追いついての引き分けは全く意味が違う。試合後、ロッカールームでみんな悔しがったが、岡田さんが、何が根拠だったか分からないが、「この勝ち点1は大きい。これでW杯に行けるぞ」と言ったのを覚えている。確かに流れが変わったことは間違いなかった。

 第6戦は10月26日、国立競技場でのアラブ首長国連邦(UAE)戦だった。私はイエローカードの累積で出場停止で、仲間に「頑張ってくれ」と託すだけだった。結果は3戦連続の1―1引き分け、簡単には勝てなかった。試合後、サポーターが暴走して選手が乗ったバスがスタジアムから出られなくなった。パイプイスが投げ込まれるなど騒然とした。実は私はチームと別行動だったので、自宅に戻ってテレビをつけて、初めて騒ぎを知った。こういうことはよくないが、サポーターの思いは伝わってきた。UAEが日本と引き分けたことで、韓国の予選突破が決定したが、「2位でも第3代表でもいいし、3・5カ国なので、大陸間プレーオフで勝てばいい」と開き直った。

 ◇井原 正巳(いはら・まさみ)1967年(昭42)9月18日生まれ、滋賀県出身の57歳。守山高から筑波大を経て横浜Mの前身の日産入り。磐田と浦和でもプレー。アジアの壁と言われ、大学2年生の時に日本代表入り、ドーハの悲劇とジョホールバルの歓喜を経験、98年W杯フランス大会に主将として出場。代表通算122試合。引退後は北京五輪代表コーチ、柏コーチ、福岡監督、柏監督を務めた。現在は解説者、6月にU―20Jリーグ選抜監督も務めた。7月から韓国2部・水原コーチ。

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