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サッカー日本代表・斉藤俊秀コーチ W杯フランス大会の経験還元「一瞬の重み」伝える

[ 2022年10月26日 04:30 ]

森保監督(中央)と斉藤コーチ(右)
Photo By スポニチ

 日本代表で森保一監督(54)を支える斉藤俊秀コーチ(49)はW杯経験者でもある。過酷なアジア予選を勝ち抜き、日本が初出場した98年フランス大会に選手として参加。残念ながら試合でピッチに立つことはできなかったが、世界最高の舞台での経験は今も胸に刻まれている。指導者として臨む24年ぶり2度目のW杯に懸ける思いを聞いた。

 98年フランス大会、岡田武史監督率いる日本代表が初めてW杯の舞台に立った。登録メンバーは22人。その中に「斉藤俊秀」の名前もあった。当時25歳。24年の時が流れ、49歳になった斉藤コーチは何を思い出すのか。

 「結構忘れてたけど、最近聞かれることが多くて少しずつ思い出してきた。あの時はエクスレバンという町にいたけど、ホスピタリティーが素晴らしくて僕らは集中して大会に臨めた。本当はもっと長期滞在したかった。今回も準備段階からいろんな人が尽力してくれている。だから感謝の気持ちを持ちながら大会に向かいたい」

 当時、日本はフランス南東部の温泉保養地エクスレバンをベースキャンプ地に選んだ。エクスレバンは練習施設が充実しているだけでなく、温泉があり、緑豊かな町並み、日本人を受け入れる市民などリラックスできる環境がそろっていた。斉藤コーチはエクスレバンの人たちに感謝している。その思いはカタールにもつながる。

 フランス大会の日本はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカにいずれも1点差で敗れ3戦全敗で1次リーグで敗退した。背番号16を背負う頭脳派センターバックに出場機会はなかった。それでもベンチから見守った3試合で刺激を受けた。

 「コンペティション(競技)の話で言うと1プレー、一瞬のプレーの重み。当然、相手もいろんなことを想定して準備してくる。そして試合中にいろんなものが動いている」

 特に印象に残っているのがクロアチア戦。クロアチアの選手は動きが鈍く、日本が主導権を握る時間帯が長かったが、パスミスからカウンターを浴びてFWダボル・スーケルに決勝点を奪われた。

 「ベンチから見ていて、クロアチアは試合を諦めているのかなと思っていた。“死んだふり作戦”じゃないけど、最後のホイッスルが鳴るまで何が起こるか分からない。そういう怖さを思い知らされた大会ですね。W杯は国の威信をかけた戦い。(カタール大会でも)いろんなドラマが待っていると思う」

 年代別日本代表コーチを務めていた18年、森保監督から要請されてA代表でもコーチを務めるようになり、19年のアジア杯からA代表専任となった。森保監督とは4年間一緒に仕事をしてきた。

 「森保監督は泰然自若な方。いろんな局面で勇気づけてもらった。4年間、コーチ冥利(みょうり)に尽きる幸せな経験をさせてもらえている。僕の役割はアシスタントコーチとして監督を支え、スタッフの仲間と力を合わせて、選手たちをサポートしていくことに尽きる。選手のために、監督のために、一つの歯車になりたい」

 代表合宿ではDF陣の居残り練習を手伝う姿が見られる。19年アジア杯では、ヘディングが得意ではなかった冨安のヘディング練習に付き合っていた。

 「僕は何も教えてない。ただ蹴っていただけ。(ヘディングが上達したのは)彼が自分でつかんだもの。プレミアリーグで首位を走るチームのレギュラーでやっている選手に対して、昔がどうだったというのはナンセンス。僕自身が選手時代にコーチからやってもらったことをそのままやっただけ。野球で言えばキャッチボールみたいなイメージです」

 自らの経験をひけらかすことはしない。選手に寄り添う、地道な指導で進化を促してきた。冨安をはじめ多くの選手が欧州のリーグで活躍している現状をひそかに喜んでいる。そして24年ぶり2度目のW杯を、今度は指導者として迎える。

 「気が付けば24年。あっという間だった。まだ20代だと思っていたら来年には50のおっさんになる。四半世紀近い(年月を経た)タイミングで、またチャレンジできるのは本当に光栄。あの時代から日本が進化して、選手たちは海外のチームで存在感を発揮している。カタール大会は一つの大きな節目の大会になると思っている」

 ◇斉藤 俊秀(さいとう・としひで)1973年(昭48)4月20日生まれ、静岡県出身の49歳。清水東、早大を経て96年清水入り。07年湘南に移籍。09年からは藤枝で監督兼任でプレーし13年現役引退。J1通算244試合16得点。96年8月のウルグアイ戦で日本代表デビュー。98年W杯フランス大会、99年南米選手権出場。国際Aマッチ通算17試合0得点。15~16年JFAナショナルトレセンコーチ東海、15年U―15日本代表コーチ、16年U―16日本代表コーチ、17年U―17日本代表コーチ、18年から日本代表コーチ。

 ≪3戦全敗で敗退≫▽98年W杯フランス大会 日本は1次リーグ初戦でアルゼンチンと対戦。急造3バックで臨み強豪に善戦したが、前半28分にゴール前のこぼれ球をFWバティストゥータに決められ0―1で敗戦。酷暑の中での第2戦クロアチア戦は守備的なクロアチアに対しチャンスをつくったが、ものにできず、後半32分にカウンターからFWスーケルに決勝点を決められ0―1で2連敗。最終戦ジャマイカ戦は29本のシュートを浴びせるなど攻勢に出たが、MFウイットモアに2点を奪われた。後半29分にFW中山雅史がW杯日本初ゴールを決めたものの1―2で敗れ、3戦全敗で初のW杯を終えた。

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