2000年の高松宮記念 福永を一流に押し上げた1つの“屈辱”

[ 2019年3月22日 05:30 ]

昨年、ダービー初制覇を果たした福永騎手(撮影・平松さとし)
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 【競馬人生劇場・平松さとし】2000年の高松宮記念。逃げ込みを図ろうとするメジロダーリングと、それをかわし先頭に立とうとするアグネスワールド。当時のスプリント路線では常に上位争いをしていた彼らの間を割って伸びて来たのは8番人気のディヴァインライトだった。騎乗していたのは当時まだ23歳の福永祐一騎手。前年にプリモディーネが勝利した桜花賞が自身初のG1制覇。同年暮れにはエイシンプレストンで2つ目のG1制覇を成し遂げており、この時の高松宮記念で3つ目のG1優勝かと思われた。

 しかし九分九厘、手にいれたかと思えた栄冠は次の刹那、するりと指のすき間から落ちてしまう。大外からディヴァインライトをかわす馬がいて、福永騎手はクビ差惜敗の2着。差し切ったのはかつてのお手馬キングヘイローで、レース後、若き福永騎手は言っていた。

 「悔しくてゴーグルを外せませんでした」

 涙があふれていたということだろう。しかし、それから何年か後には次のようにも語った。

 「あの頃はまだ若くて、(キングヘイローの)坂口正大先生に“おめでとうございました”のひと言も言えませんでした」

 そう言いながら見せた申し訳なさそうな表情に、彼のやさしさは勝負事の世界には向かないのでは?と思えたものだ。

 しかし、彼のその後の活躍は皆さん、ご存じの通り。11年にはJRA賞最高勝率騎手賞、13年には同最多勝利騎手賞、最多賞金獲得騎手賞も受賞。国内外で金的を射止めることも枚挙にいとまがなく、翌週に迫ったドバイミーティングでは14年にジャスタウェイでドバイデューティフリー(現ターフ)を優勝、昨年はワグネリアンを駆って念願の日本ダービーも制覇。ついにダービージョッキーの称号を掌中に収めた。

 ちなみに高松宮記念は04年にサニングデール、16年にはビッグアーサーで勝利。今週末の同レースではミスターメロディに騎乗するダービージョッキーのますますの活躍を応援したい。(フリーライター)

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