松元師、歌手から転向「運」に恵まれた

[ 2019年1月30日 05:30 ]

松元茂樹調教師
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 坂路小屋の定位置からコースに向けて、いつも鋭い眼光を放っていた。松元師のそんな姿も、あと1カ月で見納めだ。調教が終われば、柔和な笑顔へと一変する。そして語り始めた。「順調に、うまくやってこられた。いろいろな事故もあったが、いい成績を挙げられた。この世界は運がないと勝てない」

 01年ユウフヨウホウ、02年ギルデッドエージで中山大障害を連覇。07年オークスをローブデコルテで制覇。ただ、何と言っても思い出に残る馬は02年スプリンターズS、03年高松宮記念を制したビリーヴ。「品があって素晴らしい馬だった。能力も非常に高かった。息子ファリダットには何とか重賞を勝たせてあげたかった」。今も悔しさが残る。

 日大在籍時に歌手デビュー。だが、レコードは売れなかった。卒業後も六本木で弾き語りをしたが芽が出ず。調教師の父・正雄氏の「競馬の世界へ来い」という言葉に従って転身した。芸能の世界では運がなかったが競馬には運があった。「今後は何をするかは未定だが馬の社会から飛び出したい。ギターや料理など趣味として、いろいろな習い言をかじってみたい」。定年後、青春時代の忘れ物を取りにいく。そんな人生も、また味わいがある。

 ◆松元 茂樹(まつもと・しげき)1948年(昭23)10月21日生まれ、京都府出身の70歳。父・正雄は調教師。日大在学中に「京しげき」の芸名で歌手デビュー。卒業後も芸能活動を続けたが夢破れ、74年父の厩舎の厩務員に。92年調教師免許取得。93年9月25日、阪神競馬のマンノラモス(2着)で初出走。同年10月10日、京都競馬のカムシャイン(延べ9頭目)で初勝利。JRA通算5908戦550勝。同重賞32勝。

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2019年1月30日のニュース