乙武洋匡氏 オリンピックと政治は無縁であってほしい

[ 2021年8月7日 05:30 ]

ベラルーシの首都ミンスクを訪れた際の乙武洋匡氏
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 【乙武洋匡 東京五輪 七転八起(13)】一昨年、東欧を旅した。バルト三国やウクライナなど、かつてロシアの支配下にあった国々を訪れたのだが、中でも最も「旧ソ連」の雰囲気を強く感じたのがベラルーシだった。市街地にはあまり色みのない無機質な建物が立ち並び、時折見かける正教会の黄金や緑といった塔の鮮やかさがアクセントになっている。若い人は笑顔で親切に接してくれるが、年配者だと接客時でも無愛想なことが多い。ソ連時代は仕事中に笑顔を見せること自体が不謹慎だったという文化の名残だと聞いた。首都ミンスクに2泊したが、さしたる観光地もなく、あまり記憶に残る都市とは言えなかった。それでも、かつて旅した国がこのような形でクローズアップされると、やはり切ない気持ちになる。

 陸上女子のベラルーシ代表クリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手が、大会途中に離日、ポーランドへと亡命した。予定のなかったリレー種目への出場を命じられたことに抗議したところ、陸上チームの監督や代表者から急きょ、帰国を指示された。しかし、羽田空港へ向かう途中に祖母から電話で危険を伝えられたことで亡命を決意したのだ。彼女に強制帰国を求めたベラルーシの陸上監督ら2人はIOCからIDカードを剥奪され、既に選手村から退去している。

 ベラルーシでは「ヨーロッパ最後の独裁者」と批判されるアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が1994年から強権を振るっており、地元メディアは今回の帰国指示にも大統領の意向が働いていると報じている。一方、あまりの手際の良さにツィマノウスカヤ選手があらかじめ亡命を企図していたのではないかと指摘する声もある。

 真相は分からないが、いずれにしても祖国の政治状況によって、彼女がオリンピックの場で真価を発揮できなかったのだとしたら残念でならない。オリンピックと政治は無縁であってほしい。そうした理念は、日本に暮らす者だからこそ口にできる奇麗事なのだろうか。

 ◇乙武 洋匡(おとたけ・ひろただ)1976年(昭51)4月6日生まれ、東京都出身の45歳。「先天性四肢切断」の障がいで幼少時から電動車椅子で生活。早大在学中の98年に「五体不満足」を発表。卒業後はスポーツライターとして活躍した。

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2021年8月7日のニュース