東映グループ会長、岡田裕介氏が急死 71歳、自宅で突然倒れ…吉永小百合絶句「信じられない」

[ 2020年11月21日 05:30 ]

東映・岡田裕介会長=13年06月撮影
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 俳優や映画プロデューサーとしても活躍した東映グループ会長の岡田裕介(おかだ・ゆうすけ、本名剛=つよし)さんが18日午後10時58分、急性大動脈解離のため都内の病院で死去した。71歳。京都市出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は妹高木美也子(たかぎ・みやこ)さん。後日、お別れの会を開く予定。吉永小百合(75)の主演作を多く手掛けたが、最新作「いのちの停車場」(21年公開)の完成を見届けることはできなかった。

 岡田さんは18日も通常通りに出社し「いのちの停車場」の宣伝担当者に指示を出すなど普段と変わらず業務をこなしていた。だが、帰宅後に自宅で突然倒れ、近くの病院に救急搬送されたが、そのまま帰らぬ人となった。最期は、妹でコメンテーターの高木さんがみとった。持病もなく、酒も飲まず、10年前にはタバコをやめていた。関係者によると「少しでも体に気になるところがあると病院に行っていた」ほど、自身の健康には気を使っていたという。
 大学時代にスカウトされ俳優としてデビューし、70年「赤頭巾ちゃん気をつけて」で映画初出演。岡本喜八監督の「吶喊(とっかん)」(76年)で指名されたのを機にプロデューサーに転身した。父は「映画界のドン」と呼ばれた故岡田茂氏(元東映名誉会長)。88年に東映に入社。撮影所長などを歴任した。

 映画界でも熱烈なサユリストとして知られ吉永の東映での主演作にはほとんど製作に関わった。9~10月にかけて撮影された「いのちの停車場」も陣頭指揮を執り、撮影所や金沢ロケにも顔を出していた。完成した作品を見ることはかなわなかったが、東映では「製作総指揮」としてクレジットすることも検討している。

 吉永は突然の悲報に「信じられないことです」と絶句。その上で「お疲れがたまっていらしたのですね。これから映画の完成まで、どうぞお力を私たちに与えてください。見守ってください」と言葉を絞り出した。経営者としても東映のシネコン運営を手掛けるティ・ジョイの社長や、2014年からは日本映画製作者連盟(映連)の会長などの要職を務めた。ウイットに富んだ語り口で、常に話題を提供しマスコミ関係者にも親しまれた。映画界の発展に多大な功績を残した重鎮の急逝に、芸能界にも衝撃と悲しみが広がった。

 ▽急性大動脈解離 大動脈解離は大動脈の内膜に亀裂が入り、裂けてしまう症状。本来、流れていない場所に血液が入り込み、胸や背中に激痛が走る。大動脈剥離とも呼ばれ、原因は動脈硬化や高血圧など。循環器疾患による突然死としては心筋梗塞に次いで多いとされる。突然発症することが多い。故石原裕次郎さんや、加藤茶(77)らは発症後、緊急手術を受け一命を取り留めている。

 ◆岡田 裕介(おかだ・ゆうすけ)本名岡田剛(つよし)。1949年(昭24)5月27日生まれ、京都市出身。慶大商学部在学中、69年のテレビドラマ「レモンスカッシュ4対4」で俳優デビュー。88年に東映に入社。02年から東映社長、14年から東映グループ会長。テレビ朝日ホールディングスなどの社外取締役を務めていた。日本アカデミー賞組織委員会名誉会長。

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