梓みちよさん急死、76歳 「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」が大ヒット マネージャーが自宅で発見

[ 2020年2月4日 05:30 ]

92年12月、NHK紅白歌合戦で「こんにちは赤ちゃん」を熱唱する梓みちよさん
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 「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」などの大ヒットで知られる歌手の梓みちよ(あずさ・みちよ、本名林美千代=はやし・みちよ)さんが1月29日までに亡くなったことが3日、分かった。76歳。福岡県出身。2日に近親者で葬儀を執り行った。仕事の打ち合わせで1月29日にマネジャーが都内の自宅を訪ねたところ、亡くなっているのが見つかった。

 マネジャーは1月29日午後、出演番組の打ち合わせのため、梓さんの自宅マンションを訪れた。インターホンに反応がなく、前日28日に送ったメールにも返信がなかったため、合鍵を使って入ると、ベッドの上で冷たくなっていた梓さんを発見。警察を呼んだが、事件性はなく、その場で死亡が確認された。

 梓さんは1人暮らしだった。死因は心不全とみられるという。遺族の意思により、今月2日に近親者のみで葬儀が執り行われた。
 最近はつえをつかないと歩行が困難なほど膝が悪く、病院で度々検診を受けていた。体調は良く、音楽関係者は「最近も“1曲出してヒットさせたいね”と話していた」と急逝に驚いた。梓さんは化粧品通販のレギュラー番組を持ち、プロデュースした保湿クリームなどが人気だった。

 宝塚音楽学校を経て、1962年にシングル「ボッサ・ノバでキッス」でデビュー。翌63年、NHK「夢であいましょう」の今月の歌コーナーで発表された「こんにちは赤ちゃん」(作詞永六輔、作曲中村八大)がミリオンヒットとなった。

 第1子が誕生した中村さんに永さんが贈った歌が「こんにちは…」。当初はパパ目線の歌詞だったが、梓さんが歌うのに合わせてママ目線になった。63年11月のレコード発売から約1カ月後に日本レコード大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦に初出場。64年には学習院初等科の同窓会に招待され、昭和天皇の前で歌唱し、初の天覧歌謡曲にもなった。

 梓さんの代表曲となった一方で、固定化された清純派のイメージに反発して歌わない時期もあった。しかし、米ロサンゼルスでのショーで披露した際、来場した日系2世の人々が泣いている姿を見て、02年の40周年記念コンサートから再び歌うようになった。

 清純派のイメージを大きく転換させたのが74年の「二人でお酒を」。歌唱中に床に座り込み、あぐらをかいて歌う斬新なスタイルは梓さん自身が発案した。新たな女性像を描いた歌は話題となり、梓さんは同年の紅白に5年ぶりに返り咲いた。映画やドラマにも出演。71~78年にはテレビ朝日系「新婚さんいらっしゃい!」の2代目アシスタントを務め、テレビタレントとしても活躍した。

 ◆梓 みちよ(あずさ・みちよ、本名林美千代=はやし・みちよ)1943年(昭18)6月4日生まれ、福岡県出身。60年に宝塚音楽学校へ入学。62年に歌手デビューし、紅白歌合戦には11回出場。「メランコリー」や「よろしかったら」などもヒット。64年に映画化された「こんにちは赤ちゃん」に主演した。

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