タサン志麻さん“伝説の家政婦”誕生の裏に…「フランス料理界に戻れなくても」覚悟と信念

[ 2018年10月27日 09:00 ]

フランス家庭料理への思いを語るタサン志麻さん
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 家事代行サービスで予約が瞬く間に埋まることから「予約の取れない伝説の家政婦」と呼ばれ、テレビ番組では、作り置き料理での達人ぶりを披露して話題を集めているタサン志麻さん。この度刊行した著書「『作り置き』よりもカンタンでおいしい!志麻さんの自宅レシピ」(講談社)では、代名詞の“作り置き”ではなく、短時間で作れるレシピや、長年のシェフ経験を生かした調理ポイントなどを紹介している。時短とおいしさの両立。提案したいのは、作るより食べる時間を大事にするという、自身が「生涯のテーマ」とするフランスの家庭の食卓のあり方だという。

 簡単に作るということ。どこか、まずいとか手抜きというイメージもあるが「実はそうではないんです。簡単の中にもポイントがあって、それを考えれば手軽においしくできる料理はたくさんある」。忙しい母親にとっても、日々料理をすることが疲れになってはいけないとし「時間の余裕や、気力のある人ばかりではない。毎日食べるものを少しでも楽に、かつ、おいしかったらそれが一番ですから」。簡単の中にもプロならではの調理法も網羅。塩のふり方、調理前に肉や魚の水分を除くことの重要性やその焼き方、洗いものを少なくする技など、目からうろこのポイントを伝授している。

 調理師専門学校時代に出合ったフランス料理。そのおいしさに衝撃を受け、料理はもちろん文化や歴史などフランスそのものにハマっていった。図書館に通い本を読み漁り、語学習得にも力を入れた。「勉強ばかりして、遊んだ記憶もありません。それまで学校の勉強をしてこなかったので、その反動で余計に(笑い)」。フランスの三ツ星レストランで約半年間研修した後、帰国後は東京の有名フランス料理店で勤務。「男でも1年で音を上げる」と言われた最初の店で3年、次の店では10年働くことになった。

 きらびやかで洗練された料理、それらを作り出す華やかな調理場。しかし、特別感の漂う環境に身を置きながら、常に違和感を抱えていたという。「本当にこれが私のやりたいことなのかと。フランス人に一番教えてもらったのは、時間をかけて楽しく食べる。それが活力や幸福感につながるということではなかったのか」。思い出したのはフランス家庭料理。シンプルな中にある味わい深さと、心豊かにするあたたかい家庭の食卓の風景だった。

 「テクニックや流行も追い続けなくてはならず、このままではダメだと。辞めるしか道はないと、置き手紙をしただけで勝手に辞めてしまった」。半ば逃げ出す形で10年働いた店を退職。「やってはいけないことをやった。もうフランス料理の世界には戻れない」と覚悟したが、それでも、解放感の方が大きかったという。もちろん迷惑をかけることになったシェフには申し訳なさでいっぱいだというが「友達と遊ぶこともまったくせず、休みの日も朝に築地に行き、その後は語学レッスンやフランス文学を読み、映画を観る。1日3時間の睡眠。あの10年間の日々を見ていてくれたから、分かってくれている気もしているんです」。

 これまでの給料はすべて勉強のために注いでいたため貯金がなく、引き続き学んでいく資金調達のためにアルバイトを始め、そこで出会ったフランス人と結婚。出産を機に家庭代行サービスに登録し、1年足らずで定期契約顧客数がトップになったほか、予約が取れないとして「伝説の家政婦」と呼ばれるほどになった。志麻さんといえば、テレビ番組で、3時間で1週間分のメニューを作るスゴ腕を披露するなど「作り置きの達人」として話題を集めているが、その根底にあるのも、やはり「食べる時間を大事にすること」と話す。

 「早く作るとか、無駄がない技術はレストラン時代に叩き込まれたこと。だから、おいしく作るのは当然として、限られた時間と食材でも、プロとして丁寧に心を込めて作ることを大事にしたい」。家事を代行することでも家族の食べる時間が増えればいいと志麻さん。食を通じた家族との豊かなひととき。その思いが少しずつ形になっていることを実感しているという。「忙しい日本人の食卓を変えるのは難しいですけど、ちょっとでもみんなが楽しく食事をしてくれるようになったり、フランスの家族のよき食卓のあり方を知ってもらうために、一生勉強は続けたい」。志麻さんの探求の道はこれからも続く。

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