古田新太 個性的で型破り 芸名は父の名前をそのまま…

[ 2016年6月19日 11:26 ]

個性派俳優として存在感を放つ古田新太

 人気の「劇団☆新感線」の看板俳優で、ドラマや映画、バラエティーでも活躍する古田新太(50)。独特の風貌とユーモラスな雰囲気は登場するだけで引きつけられ、見る人のワクワク感や期待を決して裏切らない。型にはまらない“いいかげんさ”が重宝され、ジャンルの垣根を跳び越えて個性を光らせている。

 子供の頃はジャイアント馬場さんと米ハードロックバンド「KISS」に憧れ、小学生の時にミュージカルを見て舞台俳優を志した。「目の前に客がいるのが好き。ライブという意味ではプロレスラーもミュージシャンも一緒で、何にでもなれる舞台俳優になりたいと思った」

 84年に大阪芸大に入学。劇団「太陽族」で活動していたが、大学の先輩だった渡辺いっけい(53)に誘われ、新感線の公演に参加。誘い文句は「勉強になるし、金がもうかるぞ」だったが、赤字公演続きで「35歳までノーギャラでした。だまされた」と笑う。

 個性的なキャラクターは舞台を飛び出し、大阪の深夜番組やラジオでもウケ、91年にビートたけし(69)の後任でニッポン放送「オールナイトニッポン」のパーソナリティーに抜てき。下ネタ満載で男性リスナーを中心に人気だったが「局内ではお叱りを受けて、しょっちゅう始末書を書いてました。ゲストのアイドルにセクハラして、ファンから“死ね”って書かれたはがきが届いたり」とハチャメチャだ。

 本名は岳史(たけふみ)。太陽族の時から、父の名前の新(あらた)を名乗っていたが、新感線の公演チラシが「新太」になっていて「オヤジも嫌がってたし“太”を付けときゃいいかと思って、そのままです。ジジイ(祖父)はふざけてて、いいセンスしてるなと思った」と由来を語った。

 若い頃は細身で、6股、7股もしていたモテ男。「単純にすぐ“好き”って言うだけ。数撃ちゃ当たるんです」

 私生活では元タレントの西端弥生さんと結婚し、一人娘(21)に付けた名前も「アロエ」とユニーク。「子供を風呂に入れたり迎えに行った覚えもない。最近のイクメンは凄いと思う」と家庭での顔を明かした。

 大の酒好きで「ワイン以外は何でも好きで、毎日がぶがぶ飲む」という。携帯を持たないアナログ派で「パソコンもやらなくなったからエロ画像も集められない。家で録画してるプロレスを見ながら酒を飲んで、飽きたら外に飲みに行く。本当に昭和な感じです」。型破りな一面と愛きょうが同居し、得難い魅力になっている。

 ◆古田 新太(ふるた・あらた)本名・古田岳史。1965年(昭40)12月3日、神戸市生まれの50歳。劇団☆新感線公演は「髑髏城(どくろじょう)の七人~アカドクロ」「五右衛門ロック」などに出演。他の主な出演作はドラマ「池袋ウエストゲートパーク」「夢をかなえるゾウ」、映画「20世紀少年」など。今年公開の映画は「シン・ゴジラ」「超高速!参勤交代 リターンズ」など。テレビ朝日「関ジャム 完全燃SHOW」(日曜後11・15)に出演中。特技はジャズダンス、クラシックバレエ。1メートル73、70キロ。血液型O。

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