和田一浩氏「怒られ方に愛があった」 今も昔も大尊敬する球界レジェンドからの教えとは

[ 2026年3月14日 19:03 ]

和田一浩氏
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 元中日コーチの和田一浩氏(53)が14日、ニッポン放送「ショウアップナイター60周年 名球会ラジオ」(土曜後5・20)にゲスト出演。若手時代にプロ野球選手のいろはを教えてくれたレジェンドへの尊敬を語った。

 インタビュアーを務めた煙山光紀アナウンサー(63)から番組恒例の「私、この人に頭が上がりません」というテーマを振られると「伊東勤さんですね」と西武、ロッテで監督を務めた伊東勤氏(63)の名前を挙げた。

 現役時代の伊東氏は言わずと知れた西武黄金時代の正捕手。ベストナイン10回、ゴールデングラブ賞11回という球史に残る名捕手だ。

 1996年ドラフト4位で西武に入団した和田氏は、もともと捕手でのプロ入り。当時、西武の正捕手に君臨していたのが10歳上の伊東氏だった。

 「ライバルにはなれなかったんですけど」という和田氏。「絶対的なキャッチャーの牙城は崩せずにキャッチャーは引退したんですけど」と自身の外野手転向についても触れつつ「伊東さんに頭が上がらないですね、全く」とした。

 最初は捕手仲間で、先輩後輩という間柄。ライバルにはなれなかったが、非常に可愛がってもらったという。

 そして、プロ野球選手としてのいろはを教えてもらったのも伊東氏だった。

 「実力だけで頭が上がらなかったというよりは、プロ野球選手ってのはこうあるべきだぞっていうのを教えてもらったのが伊東さんだったんです、全てにおいて」

 「伊東さんのまず凄いところは体が強かったんですね。たとえば凄い、キャッチャーって体に(ボールが)当たるんで。当たるんですけど、痛いって言わないんですね。凄く痛くても絶対ベンチに下がらない。今の選手ってちょっと痛かったらすぐベンチに下がって治療して戻ってくるじゃないですか。伊東さんは絶対戻らなかったです。よく“痛いって言うな”って。“我慢しろ”と。よく言われました。だから、それ以降、痛くても痛みを見せないってのがプロだと。お客さんに痛いってのを見せないのがプロっていうのも教わった」

 「あと、よく言われたのが目配り、気配り。これをとにかく言われました。だから、たとえばご飯屋さんに行っても、他の人がいた時に“目配りしたか?気配りしたか?”ってことをよく言われたんですね。“お前は目配り、気配りできないのがダメだ”と。“周りをよく見とけ、そういうのも野球に生きる”っていうことも教えてもらいました」

 後輩の将来を考え、口を酸っぱくして何度も何度も叱ってくれたありがたい大先輩の存在。「怒られ方に愛があった」と振り返った和田氏は「あとは伊東さんの家。大きな家で。高級車で。これがプロか!と。自分もいずれそうなりたいんだっていう目標でもあったんですね」とし、「僕の仲人さんでもあります」とうれしそうに話していた。

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